会議

 この纏は透明マントのように見えなくするわけではない。どちらかというとドラえもんの石ころ帽子に近い。

 存在を消すわけでもなく見えなくするわけでもなく、存在感を無くすのだ。場に馴染ませてそこにいることに違和感を感じさせない。そういう技なのだ。だから派手に動くとバレてしまう。

 ひたひたと足の裏を床にくっつけながら集会場をでる。曼陀羅が階段をのぼっていくのがみえた。階上にいくつか人影も見える。

 そろそろ会議が始まるのか。ひっそりと階段を登って部屋に滑り込んだ。


 コの字型に並んだ席には全員揃っている。中央に曼陀羅と時々見る祈愛会の上層部。

 向かい側には売人の吉野と見知らぬ青年が。

 白狛は部屋の隅で膝を抱え身体を縮めた。能力者が何人かいるようだが気づかれていない。纏に関しては自信がある。当然だ。

「これで、全員ですね。それで話といいますと」

 曼陀羅がそう切り出す。青年は気味悪く薄く笑みを浮かべていた。曼陀羅より気持ち悪い。一見普通の青年に見えるのだ。なのに目は狂人のそれだった。隠しきれない本性がのぞいている。奇妙。心臓がバクバク鳴り出す。

「上野に放った変異型の《影》が駆除されたみたいなんですよ。あの寄生する気色悪い《影》が!」

 《影》......!思わずそう口に出すところだった。やはり祈愛会と《影》、魂は繋がっていたのだ!

「あぁ、あの死体から出来上がった」

 曼陀羅が興味なさそうに言う。

「やっぱり能力者が動き出したらしいのです」

「と、いえば硲風斗ですか。あいつだけなら問題にはならないだろうに。そんなに人を殺したのですか?」

 青年が深く頷く。


「じゃないと意味ないじゃないですか」


 背筋に冷たいものが走っていく。青年の歪んだ笑顔が自分の方を向いている気がしたのだ。気のせいかもしれない。気のせいかもしれないが......震えが止まらない。

「その動いている能力者を炙り出すためにも信者さんを借りたいのです」

「死体なら腐るほど余っていますが」

「死体じゃ駄目です。できれば若い女、子供。我々は変異型を作り出したいのです」

 淡々と青年は述べる。能力者.....自分たちを炙り出そうと......今にもここから抜け出したかった。

「わかりました。良い心当たりが。準備出来次第呼びますよ、ただし」

 曼陀羅の目の奥が薄暗く光っていた。無表情。普段張り付けていたあの笑顔はどこにも見出せない。


「魂の利益のこちらの取り分は増やしてもらえる.....ってことで良いんですよね?ウチの死体を使うんだから当たり前、ですね」

「えぇそうします。もちろん」

 嫌な会話だ。耳を塞いでしまいたい。こんな会話を続ける曼陀羅も青年もおかしい、狂っている。一体何なんだ。

「そ、れ、と。祈愛会が能力者の連中に目をつけられていない保証はあるんですか?粛清されたら貴方たちのせいですよ......」

「私たちはそこらの一般人ではないのだから大丈夫でしょう。曼陀羅さんは能力者をもう二人抱えているのだから心強いと思っていたのですが。それに、近年は強力な能力者の噂など耳にしません」

 月の噂は届いているはずなのにこうもやすやすと嘘を。曼陀羅よりこの青年の方がよっぽど恐ろしい。曼陀羅はその答えに満足しなかったようで明らかに不満を顔に出す。

がもし生きていたら?姿を消して死んだと言われているだけ。硲の元で働いてたら祈愛会どころか奥多摩が焦土と化しますよ。一番恐ろしいのは犠牲を厭わない能力者ですから」

 。そうか、そうか。彼らにしてみれば能力者というより天災。

「曼陀羅さんのお得意の幻覚術で瞬殺だと思いますよ......私は粛清を心配する必要はないと思いますがね」

 青年は諌めるように口調を柔らかくして立ち上がった。

「吉野、今日はもう行こうか」

 売人の吉野が戸惑いながらも立ち上がる。

「今日、俺が来た必要はあったわけ?」

「さぁね。ただ、今日は必要なかっただけだ。曼陀羅さん、近く連絡をお願いしますよ」

 曼陀羅は営業用の笑顔に戻って頷く。

「えぇ必ず」

 青年と吉野の見送りをするようだった。会議に出席していた者全員が部屋を出ていく。

 最後の一人がいなくなってようやく白狛は息をついた。こわばっていた身体が崩れていく。

 この会議だけでも潜入した意味はあった。

 敷き詰められたベッドの間を通り抜けていく。一仕事終えた男たちがいびきをかいていた。ベッドの上では燕が俯いている。その顔は良く見えないが相当気を落としているようだった。

「燕さん」

「あぁ.......お疲れ様です」

 燕は顔にかぶっていたミルクティー色の髪の毛をのけた。真っ青な顔には涙の跡がくっきりと残っている。

 自分を責めても無駄だというのに。あの男だってここで死ねた方が幸せだった。

「色々わかりました。まず魂の取引と祈愛会の関係」

 声を小さくしながらも普段の調子で喋る。無口キャラはもう疲れたし今更、燕が気にするとは思えなかった。

「あの売人、吉野は祈愛会の人間じゃないみたいです。会議には一人知らない青年が参加していて。話を聞く限りでは祈愛会が魂を作り出しているわけではなく、その青年が作り出しているようです」

「じゃあ祈愛会と魂は」

「祈愛会で出た死体を青年に使わせているようです。死体からあの魂が作られるのでは」

 燕の目が揺れた。そこにうつった哀しみがみるみる怒りに変わっていくのが分かる。

 吉野が売った少女や少年の魂。あれは祈愛会で働かされた後死んだ.......さっき死んだ男だって魂を抜かれて売られるんだろう。

「なんのために?なんのためにそんな酷いことを」

「そしてもう一つ。やはり魂と《影》は関係があったのです。青年は変異型の《影》を上野に放った、と言っていました。祈愛会の信者の死体は《影》を作ることに使われていたようです。僕たちが討伐したことも知っている。青年は僕たちを炙り出すつもりなんです」

 休む間を与えずそう続ける。燕の心が壊れてしまう前に情報を叩き込まなければいけなかった。残酷だとは思うがしょうがない。燕はこの任務に放り込むには心が綺麗すぎた。

「炙り出す.....俺たち、狙われてるんですか。そんな」

 燕の視線が宙を彷徨った。無気力な声に生気は感じられない。


「俺に曼陀羅とその青年を殺す権利はありますか?」


 一瞬戸惑う。燕の発した言葉だと気づかなかったからだ。

「えぇ。曼陀羅も粛清の対象です」

 燕もこんな声を出せたのか。冷たく、殺気を燃やすことができたのか。


「幸せになりたかった信者を幻覚で騙して死ぬまで働かせて。死んだら魂を売って。これが人間のすることだっていうんですか?だったら俺は汚れたこの世を許せない。地獄の果てまで追いかけてやります」

「......僕も同じく、ですよ」

 能面のような表情の燕へ笑いかける。この笑顔を燕に見せるのは初めてだったか。

「仕事は最後までやる主義ですし......曼陀羅もあの青年も業界のはみ出し者。ならば」

「粛清する、のみ」

 ほぼ同時に燕と息を合わせて頷く。燕の口元が少し笑っているように見えた。


 嗚呼、硲。あんたって男はホントに罪だな。何もこんな純な子を地獄に放り込む必要はなかったじゃないか—

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る