幻魔集会
見るとそこには三段に積まれた木組みのベッドがずらりと敷き詰められて並んでいた。それだけ、ただそれだけ。部屋というより畜生の小屋のようだった。茉莉は薄々、気づいたらしく小さくため息をついている。
「では 集会に行きましょうか。小集会場はこの廊下の先。大集会場は別館。大集会場では2週間に一度、男女合わせての集会があります。今回はお二人の歓迎をするのです」
泉が歩き始める。後方には別の班員がぞろぞろとついてきている。一体、何人信者がいるのやら。
想像よりずっとまずい場所にやってきてしまったのかもしれない。
小会場とやらに入るとすでに何十人もの信者が正座して待っていた。学校の体育館のような構造で、段の上にはよくわからない装飾が施されていた。さっき見た曼陀羅の絵が一面に貼られていて金色の紐がいくつも垂れ下がっている。その色彩が目に痛かった。
泉に指示されて最前列へ座る。周りの信者の視線が私たちに突き刺さるのを感じていた。縮こまってしまいそうだったが茉莉は堂々と背を伸ばしている。こういう時、茉莉は強い。
信者が全員入りきると銅鑼が鳴った。壇上に曼陀羅が現れる。その傍らには二人の男女が控えていた。曼陀羅に比べて存在感はない。いや、あの二人は意識的に存在感を消している。まさか、あの二人も。そうなるとかなり厄介だ。
「こんにちは。神にえらばれし者達よ」
壇上にいたはずの曼陀羅が背後の戸から現れた。信者が息をのんで曼陀羅へ頭を下げる。そうか、あの壇上の曼陀羅は幻覚だったのか。それで瞬間移動したかのように見せかけている......
信者たちに倣って私たちも頭を下げる。
「仲間が増えるということはとても良いことです。それだけで愛の輪が広がっていくのですから」
曼陀羅が幻覚を振り撒きながら壇上へのぼっていく。金色の光がほとばしっていた。
「祈りましょう。神に。祈りましょう。愛を」
信者たちは一心不乱に祈りはじめた。全員が同じ動きをする。気色が悪いなんてものじゃなかった。全員が曼陀羅の操り人形のようなのだ。ブルっと身震いし、信者の真似をする。
そうすると酷く安らかな気持ちになってしまった。暖かい光が包んでくれた気がした。これが......
茉莉に背を一度叩かれる。
「能力ですわ」
茉莉の視線が曼陀羅の隣の男に向いている。能力者は曼荼羅だけではなかったのか。危なかった。自我が崩れかけていた。
隣にいた泉依子は恍惚と表情をとろけさせている。そういうことなのか、この集会の役割は。
「さぁ、
怪訝そうに茉莉が首を捻った。仕事......一体何をさせるというのか。
出口に近い信者たちから集会場を出ていく。泉も立ち上がっていた。
「あの、今からどこへ」
「工場です」
泉が腹を撫でながら歩き出した。
信者と共に外へ出てしばらく歩く。この施設の敷地はかなり大きいらしい。マイクロバスくらい用意してくれればいいのに、なんて思ってしまう。
突如現れたのは灰色の巨大な建物だった。閉まった扉を数名の信者が開く。中には人間が並べてあった。人間たちは規則的に手を動かしこちらを振り向こうとさえしない。目が、死んでいる。
「玖班はこちらに」
泉は重そうな体を引きずって工場の中へ案内した。
「しばらくはアイロンがけ。今日も幸せと愛のために
大量に積まれた布。周りの信者はためらいなど見せずに仕事を始める。そういうことなのか。ボランティアの意味は。本当に無賃で働かせる鬼の所業。
茉莉は一瞬、顔を引き攣らせたがやるときはやる、と決めたのだろう。布を手に取って作業を始めた。
気になるのは班長の泉依子。身篭っているらしいのに働かされるのか。あれか?安定期というやつか?思うことは山ほどあったが考えても意味はない。私は機械のように見よう見まねで手を動かし始めたのだった。
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