苦
私たちと距離をあけて泉依子は背筋を正して歩く。ちょうどいい。茉莉に身を寄せ口を開いた。
「曼陀羅ってあの人」
「能力者でしたわね。あぁいう方向だとは思いませんでしたわ」
曼陀羅翔太の目つきは一般人と明らかに違った。能力者の目にはどこか殺気が宿っているものだ。曼陀羅の目は殺気の塊のようなものを感じたのだ。笑顔の中浮き出たあの目が不気味だった。
「幻覚を見せる能力、かな」
「一般人がアレを見ればそりゃあ怖いですわよ。その幻覚を曼陀羅が消せば曼陀羅自身に力があると思わせられる。そんなマッチポンプで意外と人は操れるのですわ。ほら、月ご覧なさい」
茉莉が周りを手のひらでさした。一歩進むたびに周りの色彩が豊かになってミルク色の光で包まれていくのだ。優しい世界に放り込まれたような気分になってしまう。
「宿舎全体に能力をかけてる......ってことか」
なかなか大掛かりなことをする。広範囲に能力を効かせるのは大変なのだ。ここまでして信者を取り込みたいわけが有るのか?
「それに曼陀羅という名前。きっと業界の通り名ですわ。月、曼陀羅花を知っていまして?」
「いいえ」
茉莉がふふんと鼻を鳴らした。
「朝鮮朝顔とマンドラゴラの別名でしてよ。どちらの花も幻覚作用がありますの。まぁ信者は仮名だと思っていても仏教の曼荼羅だと信じて疑わないのでしょうがね」
やけに博識だ。中二病になると黒歴史と知識が残るのか。どちらを取るかは悩ましい。
泉依子はそんな私たちの会話には全く気づいていないようで淡々と渡り廊下を歩いていく。きっと渡り廊下の先が宿舎なのだろう。さっきまでいたエリアは本部、なのだろうか。
渡り廊下を渡り終えると数人の女性の信者がそこで待っていた。
「硲月子さん、硲茉莉さんですね。ようこそ祈愛会宿舎へ。穢れを落としましょう」
白装束と木桶を手渡される。木桶の中には水が入っているようだった。
「そのまま水をかぶってください」
「あの、この服は」
「現世の汚れで穢れているので焼きます。外から持ってきたものは全て焼くのですよ」
戸惑っているうちに信者に水をかけられ服を脱がされる。抵抗しようにも何人かに取り押さえられて何もできなかった。睨みを.......駄目だ。そんなことをしたら潜入の意味がない。
「これはスマートフォンですね。焼きましょう。現世への未練は断ち切らなければいけません」
一人の信者が私のスマホを取り上げた。私が真っ青になるのも気にせず微笑んだ。
燕と白狛と連絡が取れなかったのはこういうことだったのか。頭の血管をピキピキいわせながら白装束に着替える。なんなら帰って最新機種に変えてもらおう。仁丸になら買ってもらえる。
着替えが終わり信者に囲まれ歩くよう急かされる。
「玖班には10人の班員がいます。基本的には班ごとに行動するのです。そしてここが」
泉依子が扉を開く。
「玖班の部屋です」
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