侵入
ふーっと茉莉が息を吐き出し恐る恐る門に近づく。何気なく早足で門を通り過ぎようとして呼び止められた。
「証書は持ってるのか?」
大柄の警備員が不機嫌そうにそう言う。
「え......っと。教祖様に許可されたんですけど」
と、硲は言っていた。これで本当に許可されていなかったら終わりじゃないか。そもそも証書なんか持っていないぞ。
「どうした、早く見せろ」
「えぇと」
見せろ、と言われてもないのだからしょうがない。睨みを使ってでも潜入しようかと思ったその時、警備員の背後から笑顔がのぞいた。
「愛を持って接さなければいけませんよ。みなさん。いかなる人間も平等なのですから」
肩に手を置かれた警備員が息をのむ。30代くらいの白装束の男が笑顔を貼り付けてそこに立っていたのだ。結いた黒髪は腰の辺りまである。
ぞわりと鳥肌が立つ。何なんだろう、この雰囲気。こんなに笑っているのに目は全く笑っていない。むしろ殺気さえ感じる。
「あの、硲茉莉です」
「私は姉の......」
「あぁ、連絡をいただいた。中に入って話でもしませんか?」
「あなたはもしかして」
男は微笑み、頷いた。
「
曼陀羅......間違いない。祈愛会の教祖だ。
曼陀羅に連れられ門の中へ入る。木が数メートルおきに植えられた庭には灰色のラインがひかれている。箒を持って庭に佇んでいた白装束の女性が曼陀羅を目にしてひざまずいた。それどころか額を地面に擦り付けようとしている。
「やぁこんにちは」
「ありがとうございます教祖様」
女性の嗚咽まじりの声に曼陀羅は嬉しそうに笑う。かすかにのぞく瞳は相変わらず笑っていない。
灰色のラインを追っていくと施設の入り口にたどり着いた。ガラスの扉を抜けて辺りを見回す。土足はOKのようだ。下駄箱はない。その割に床は綺麗で塵一つ見つからない。
光で満ちた廊下にはいくつかの絵画。明るい色の絵の具をぶちまけただけに見える絵。それから曼陀羅を描いたと思われる後光のさした男の絵。その男のもとには白装束の人間たちが群がって祈っている。悪趣味。茉莉がそれを見て顔をしかめた。
そのエリアを抜けて曼陀羅は小部屋に私たちを案内した。
簡素な今までの内装とは違い随分と派手な部屋だ。バロック調の家具が所狭しと並べられているのだ。それに加えて妙な甘い匂い。吐き気を催す。
例のバロック調のソファに座らせて曼陀羅は腰を落ち着けた。
「何か悩みがあると見受けられたのですが」
深刻そうな顔をして曼陀羅は身を乗り出した。常套句か。
「えぇ。だから私たち姉妹はここへいざなわれたのです。愛を願って良いのですね?」
茉莉がわざとらしくジェスチャーをつけて見せる。演技は迫真。羞恥心というものは全くなさそうだ。だから硲は茉莉を呼んだのか?
「そうですよ。私たちのもとにいれば愛など容易く得られるのです。お嬢さん.......もしかして今、見えてはいけないものが見えています?」
一瞬、どきりとする。それは私たちが能力者ということを知っていての......
「分かるんですか?」
茉莉の言葉には余裕が含まれていた。茉莉が視線を派手なシャンデリアへ向けた。巨大な黒い蛇がシャンデリアに絡み付いている。尾から粘液がぽつりと垂れてきた。それを見て安心する。
霊じゃない、幻覚だ。
「私の力でそれを祓えるかもしれません」
曼陀羅が両手を合わせよくわからない呪文を口の中で唱えた。
シャンデリアの蛇がシュルシュルと音を立てて消えていく。
「すごい。嫌な気配が!」
「そうでしょう。あなたの魂は今、解放されたのです!」
曼陀羅が両手を広げた。比喩ではなく、本当に後光がさしていた。金色の眩い光が何度かまたたく。
「やっぱり私はここに来るために生まれてきたのですね!」
「そうです!ここで本当の愛を見つけましょう!」
茉莉の名演についていけずあたふたする。一応、姉役なのだから頑張って喋らなければいけないのだが。
「さぁ、宿舎に案内しますよ。泉、おいで」
曼陀羅が手招きをすると若い女性がやってきた。白装束の腹の辺りが膨らんでいる。妊婦だろうか。
「玖班、班長の
なるほど、班に分けられているのか。そこに熱心な信者を班長として置き、統率している......みたいな感じか。
「では行きましょう。教祖様さようなら」
「さようなら泉」
泉依子が一度頭を下げ歩き出した。角度はぴっちり90度。神への礼。
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