霊媒
「月様、あたくしと一緒にスイーツを食べませんこと?」
どういうわけか会合が終わって即、茉莉が駆け寄ってきた。めんどくさいな、と一瞬思って少し後退りする。
「近くにカフェがあるって燕さんが言ってましたの。さぁさぁ行きましょうよ」
包帯の巻き付いた細っこい手で掴まれあっという間に引っ張られる。意外と力が強いようで抗う間もなく燕の実家から引き離される。こう見えて脳筋派かもしれない。
茉莉に引っ張られ目が回るかと思った頃にカフェが見えた。テラスのついたガラス張りの店。貼られたポスターが目につく。
「ふわふわかき氷ですの!食べたくて食べたくて!月様付き合ってくれますわよね?ぜひテラスで......」
「冷房が効いた店内で」
「月様がそう言うなら」
店内へ入って奥のソファ席へ座る。子供連れとカップルの姿が多かった。茉莉のこの口調が聞かれると恥ずかしいなぁ、なんてドギマギする。
「あたくしはイチゴ練乳かき氷......月様は」
かき氷800円。なるほど。夏祭りの200円かき氷とは別物か。じっと考えて顎に手をやる。
「月様、悩んでおられますの?抹茶あずきなんていかが?」
少し高い。830円。
「......キャラメルかき氷で」
800円。リーズナブル、に見える。感覚狂ってくる。
近頃のかき氷ってこんなに高いのか。
「すみませーん!イチゴ練乳かき氷、キャラメルかき氷くださーい」
茉莉が店員を呼び止める。なんだ、普通の言葉が使えるじゃないか。
少し経ってかき氷が運ばれてきた。雪のかけらのようなふわふわしたものが
ガラスの容器に高く積まれている。頂点から垂れたキャラメルと氷を装って口へ運んだ。
「んー美味しいですわね!月様もそう思いませんこと?」
「そうですね......」
だいぶ思っていたのと違う。粒の大きいシャリシャリのアレじゃあないのだ。暑い皮膚の中へ放り込むたびにすぐ消えてしまう。初めての感触だ。
やけに長いスプーンを弄びながら茉莉へ視線を送る。
「茉莉さん、なんで私と来ようと思ったんですか?」
「月様、水臭いですわよ。さん付けなんて。あたくしは月様と仲良くしたいから来たのですよ」
茉莉が美味しそうにかき氷を頬張ってそう言う。
「じゃあ茉莉ちゃん?」
「呼び捨てでよろしいですわ」
といっても五つ下の少女を呼び捨てにするのはへんな話だ。
「じゃあ私のことも呼び捨てにしてくれる?様付けこそ水臭いでしょ」
「月......ですか。いいですわ。あたくしのことを呼び捨てで呼んでくれるなら」
茉莉がにっこりと笑った。赤い唇の端が上がる。笑顔のよく似合う子なのだ。
「あたくし、あなたにずっと憧れていましたの。噂はよく聴いていましたもの」
「どこに憧れたの?憧れるところなんて無いと思うんだけど」
茉莉がぶんぶん頭を横に振る。
「月は能力者の憧れの的なのですわ。何せ《睨み》が使えるんですもの」
「《睨み》ってそんなに凄い?」
次は茉莉がぶんぶん頭を縦に振る。
「
「聞いた事は」
茉莉が指を組んで顎を乗っけた。どこかで見たポーズ。
「世界中に見られる伝承ですのよ。悪意を持って相手を睨めば呪える......魔女とされる女性が使うのです。能力者ではなくても人の眼には一種の魔力がある。でも月のそれは本物なのですわ」
茉莉は自らの眼を指さしてみる。確かに人の視線には不思議な力を感じる。私の《睨み》と同じようなものはあるのは分かっていた。ただ極めて微弱なあの力を気にかける必要はなかった。
「使いようによっては人を死に至らせることもできる。でも《睨み》には代償がつきもの。その代償を乗り越えた月を皆が尊敬しているのですわ。あたくしだってその一人ですの。噂を聞くたびに心を躍らせていましたわ。それに人助けもするなんて。あたくしは、月と人助けがしたかったのですわ」
「私がやってることは、人助けじゃ無いんだ」
即座にそう言う。
「だったら何ですの?」
「金稼ぎ、かな」
正確に言うと違うだろう。金稼ぎなら人を呪ったほうが良い。私は私がやっていることを未だ理解できていない。もどかしくもあり、それで良い気もしている。
「茉莉は何で《影》を倒そうと思ったの?」
これ以上言われるとどうすればいいのか分からないので話をふる。茉莉がんん、と唸った。
「あたくしの能力、持て余していたのですわ。霊を憑依させるっていっても霊媒には向いていなかったし。そんな時に暇潰しとして《影》を倒していたのですわ。そしたら硲さんがお小遣いをよこしてくれて。あの月に会えるからもっとでかい任務をこなさないか......そう言ってくださったんですわ」
私を出しにしたのか、硲。というか労働基準法に引っかからないのか。
「反動は、あったの?」
「反動......このことですの?」
茉莉が包帯の結び目を解いた。
赤い、ただれた皮膚があらわになる。腕と手の甲にかけてその傷が広がっていたのだ。見るからに痛ましい。厨二病の小道具ではなかったのか。
「腕に霊を憑かせると何度に一度かは。拒絶反応を起こしている、らしいのです。まぁあたくしの反動など月に比べたら、大したことないですわね」
「大したことない......って見たことあるの?」
「硲さんが言ってましたわ。月ちゃんは睨んだら血をたくさん吐いて鳳子さん送りになるって」
また余計なことを。嘘ではないが。
「あたくしの憑霊術はそこまで反動が必要ありませんの。霊と相性が良ければ反動は皆無ですのよ」
「でもだいぶ酷い様に見えるんだけど。学校でなんか言われない?」
茉莉が包帯を巻きながら苦笑いした。
「もうあたくしは気にもされないのです。最近は週に3日行ければいい方ですわ。仕事が忙しいしどうせ高校行きませんしね」
「行けてるだけ良いんじゃない?私は中学校なんて一度も顔出してないし。この業界で生きる覚悟が決まってるならそれでも良いと思う」
「本当ですの?」
「本当」
茉莉の顔が少し和らいだようだった。あの時期は私も将来への不安を感じていた。大人に紛れて仕事をする日々は恐怖だらけだった。こんな業界で生きていけるわけがない、何度そう思ったことか。
茉莉は当時の私よりずっと心臓が強そうだし大丈夫だろう。自分を信じて堂々と生きていける人は強いものである。
「月に言ってもらってやっと心が晴れましたわ。堂々と仕事をしますわ」
「表向きは高校生になってからね」
「もちろんですわ」
あれだけ喋ったのに茉莉のかき氷はもう、あと一口だった。あと一口をそっとよそって目を細めて食べる。その笑顔と少女の身体に似合わぬ包帯。
やけに目に焼きついた。あの頃の私はこんな輝きを持っていただろうか。信じれるものがあっただろうか。
「......茉莉?死ぬことは怖くない?」
唐突にそんな言葉が滑り出した。茉莉は一瞬黙る。
「怖いですわよ。この怪我を初めて見た時、死が頭の中を横切りましたわ。普通の中学生として生きれば確かに死はそう簡単に訪れないでしょう。でも、あたくしはそれでも良いと思っていますわ」
茉莉は笑顔だった。
「何もせず死ぬより、何かを残して死ねるのですもの」
あぁ、そうか。だから違うのか。
私が死を恐れないのは、残すものが何もないからだ。
「そろそろ店を出よっか」
「あっまだ話したいことがありますのよ!」
「ほらQRコード」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます