何日か後に硲から連絡が来た。計画が諸々決まったらしい。集合場所は......燕の自宅?しかも府中にある実家らしい。どういう流れなのか全く読めない。


 ただ、燕の両親には会ってみたかった。あの硲のバーで喋るよりかはその方が面白そうだ。行きます、とだけ返事をし、その翌日向かうことになったのである。


夏の日差しが肌を焼くように照りつけていた。なぜこうも蒸し暑いのか。自販機で買ったミネラルウォーターを頬へ当てながら改札を抜ける。

 もう八月中旬。夏休みか。ジモティー小学生が自転車で走り抜けていく。小さい頃は夏の暑さにも負けずあんな風に......そんなことはなかったか。家にいた。

 府中駅から約15分。のんびりとした住宅街の並びに燕の実家はあった。実家、といっても思ってたのとは少し違ったようだ。割と最近に建てられたのか随分ときれいな家なのだ。

 インターホンを押す。

「はーい。あっ月さん!開いてますよ、入っちゃってください!」

 燕の少しうわずった声。実家の方がテンションの高い人間か?

 お邪魔します、と小さく呟き家へ入る。人の家の匂いがした。慣れないこの感じ。嫌いではない。

 狭い階段を通っていくと燕が出迎えてくれた。熊のスリッパを差し出し微笑む。

 その背後で燕より背が高い女性が顔を出した。一つにまとめた金髪、目鼻立ちのはっきりした西洋人らしい美しい顔立ち。燕の母親か。

「いらっしゃい!月ちゃん、でしょ。ほらパパも!」

 流石に日本語は流暢。燕ママが手招きをした。

 すると見た目は30代くらいに見える、柔らかい面立ちの男性がやってきた。

「おーいらっしゃい!お昼ご飯、用意してあるから食べなよ」

 見ると、硲と白狛が席について箸で皿をついていた。もう、来ていたのか。

「ありがとうございます」

 会釈をして燕と共に席についた。大皿に盛られたナスと豚肉のタレで和えられた炒め物、それから白飯に味噌汁。食欲をそそる良い匂いがしていた。

「遅かったね月ちゃん」

「口に食べ物入れながら喋らないでください」

「はふふはふ......はふふ」

 目の下にクマをつけた白狛がモゴモゴと喋る。喧嘩しないでください、みたいな感じか?

「......というか何故、燕さんの実家でわざわざ」

 普通に聞かれるとまずいことを喋るのでは。

「シャーロットさんが会合ならウチでやる?って誘ってくれた。ねー」

「そうそう。私が言い出しっぺだからみんな気にしなくていいの」

「じゃあさじゃあさ、せっかくみんな来たことだし二人の馴れ初め聞かせてよ」

 硲が急にぶっこむ。いや、それはダメだろ。

 燕ママと燕パパが目を合わせてモジモジした。

「言っちゃおうかパパ」

「言っちゃおう」

 なんだこの夫婦。

「私がイギリスを出たのは20の時でね。日本に来る前は人を呪って稼いでいた。そんなある日街のお偉いさんを間違って呪ってしまってね」


 燕ママが苦笑いする。数代前は魔女というだけあって能力は生まれつきあったのだろう。


「追い出されて特に何の理由もなく日本へ行ったんだ。無性に人を呪いたくて、京都ですれ違った男に呪いをかけたんだ。そのまま通り過ぎようとしたら男が振り向いて笑ったんだ」


 燕パパがすでに恥ずかしがって俯いている。

「お嬢さん、良い能力を持ってらっしゃいますね、って!」

「うっ」

 一番ダメージを受けてるのは燕パパのようだ。


「......タイプだったんだよ。すらっとした長身イギリス美人。やったー呪ってくれた、って思って」

「私はえらくびっくりしてね。そのまま男を路地裏に連れ込んでどういうわけか聞いたんだ。あの頃は日本語があやふやでほとんど伝わってなかったみたいだけど」


 燕パパがうんうん、と頷き顔を真っ赤にする。


「俺んとこは代々神主の家系で俺は微弱ながら祓いの能力を受け継いでいたんだ。それを説明したら、お前の実家に住まわせてくれ、金がないんだ、って言われて」


 今度は燕ママが赤面する時間に突入したようだった。


「住まわせてくれなきゃ呪う!って脅してね。......それがパパとの出会いだったんだ」

 

 硲がわざとらしく身を乗り出した。茶碗はすでに空。

「それでそれで?」

「俺にとってはとーっても良い条件だからのんだんだ。こんな美人と一緒に暮らせるんだからね!」

「それで二人の間に愛が芽生え......」

「とはいかなかった」


 硲の言葉を夫婦が遮った。

「まずめちゃくちゃ親父に叱られて俺は実家に居れなくなった」

「おんなじ境遇になっちゃったんだよね。で、パパから持ちかけられたのはビジネスの話」


 どういう流れだよ。


「東京に出て霊祓いビジネスを二人でやらないか、って。私は金に困ってたからその話に乗って二人で店を始めたんだ」

「初めはビジネスパートナーだったから、ここまで来るのには結構時間がかかって。プロポーズしたのは8年後の話!」


 うちの親父、奥手なんで、と燕がつぶやく。奥手にしては行動力が有りすぎる。

 金のない外国人を家に引き取って、親父に激怒されて実家を飛び出し、東京でその外国人とビジネスを始める。それで結婚まで漕ぎつけるのだから大したものだ。


「なんかドラマみたいな話ですねぇ」

「偶然に偶然が重なっただけよ。っていうか私たちの話なんて興味ないでしょ?お仕事の話するなら席を外そうか?」

 硲が少し考える。

「じゃあお願い。ちょっと踏み込んだ話するからね」

「わかった。パパ、散歩しよう」

「はいっ」

 燕ママが手を振って家を出ていく。それに続く燕パパ。仲が良いというか何というか。あんな夫婦初めて見た。


 確かにあんな家庭で育てば純なまま成長できるのかもしれない。


 もしも私の両親が......いや、よそう。他人への憧れなんて虚しいだけだ。

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