宅飲み
深夜23:30。雑踏を抜けると路地にたどり着いた。見慣れたアパートの駐車場には似合わないアメ車。例の部屋からは光が漏れていた。幸い、あいつはいるようだ。
白狛は合鍵をジーンズのポケットから取り出し、錆びたドアを蹴った。キィ、と音を立ててドアが開き人影がスラリと立ち上がる。
「はーいお疲れ白狛くん」
「......ビール」
灰色のスエットに黒縁の丸眼鏡をかけた小野田仁丸が顔を出した。一人っきりになると仁丸は眼鏡をしだす。視力は2.0と言っていたが大学のレポートを進めるには眼鏡が一番、そう言っていたか。
「いきなり来てビール、じゃないでしょ。で、やってきたんでしょ?」
「ばっちり。相手は全く気づいてなかった」
仁丸が安堵したように笑みをこぼした。それから白狛を家に上げてチェーンをかける。ドアが少し歪んでいるようで閉めるのに不便そうだ。
「僕は仁丸がここを本宅にする意味がわかんないんだけど。金あるんだから東大の近くにでっかい家建てれば良いじゃん」
大学に行ってからなぜか渋谷のボロアパートに住むようになったのだ。小野田の一族は変人が多く反対はされなかったらしい。というより仁丸がこういう人物だと割り切っているだとか。
「ボロアパートはリゾートなんだよ。非日常?そんな感じ」
何を言っているのかよく分からないので部屋の奥に進む。
男の一人暮らしにしては随分とさっぱりした部屋だ。キッチンの調味料はきれいに箱に入れて揃えられているし、フローリングには塵一つ見当たらない。
そしていつも見て感心するのは書類を種類別にまとめたファイルのコーナー。100円ショップで買えるような箱がずらりと並んでいるのだ。几帳面すぎる。
テーブルに乗っている鍋を覗く。白菜、椎茸、豚肉、もやし、敷き詰められた具材が煮えていた。仁丸はさっきまでつついていたようだ。
仁丸が小型の冷蔵庫に手を突っ込み缶ビールを二つ持ってきた。
「うい」
「ん」
乾杯してから喉にビールを流し込む。疲れた体にはキンキンに冷えたビールが一番。あぁ〜と声を漏らし缶を置く。
「白狛くんって酒飲む時だけ表情変わるよな。あれなんで?」
「知らない。そもそも僕、感情の起伏はあるんだけど」
「おっそうかな〜?......まぁ白狛くんはしょうがないよな」
しょうがない......そう思われていたのか。確かに感情を殺して生きてきたのは本当だがせめて
ビールに浅く口をつけてから、仁丸の箸をひったくる。
「食わせて」
「あ」
仁丸の瞳が丸く見開かれた。
「ちょっと男子ぃ〜」
仁丸はだいぶ酔ってきたらしい。すでに顔全体が赤い。
「こっちくんな酔っ払い」
「つれないなぁ」
出汁をたっぷり吸った白菜がうまかった。優しい味付けが舌の奥の方まで包み込んでくれるのだ。
仁丸は、料理は上手い。
「仁丸さぁ......」
「にゃなんですかァ?」
「疲れたからもう寝たいんだけど」
何時間も気づかれないように慎重に車を走らせたのだ。渋滞もあったし疲れは最高潮に達しているのだ。仁丸が口を開く前にフローリングに体を横たえる。
「寝っ転がっても良いけど寝るのはダメーーっ。収穫見せてみなさい!」
もはやそれさえも面倒臭いのだが。
「今は仕事の話したくないんだけど。疲れた」
「嘘つけ体力おばけ」
「僕は人間なの。誰だってぶっ続けで運転なんて疲れるの」
はいはいそーですね!と言いながらも仁丸が隣の部屋から薄い布団を持ってくる。なんだ、寝かせる気満々ではないか。布団をぎゅっと胸に寄せて体の力を抜く。本格的に睡魔は訪れ始めていた。
「お疲れ。報酬は上乗せしとくから」
ぐしゃぐしゃ、と何回か髪を触られる。年下のくせにうざったいな、とは思うが跳ねのける気力もない。うんざりとスマホの画面を仁丸に押し付ける。
「おっ」
仁丸がさっそく飛びつく。
「奥多摩。ここまで追うのは骨が折れた」
「......これ......」
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