仮定
「よくできました二人とも」
硲がこっちへ寄ってきて拍手を軽くする。立ち上がろうとも力が入らなかった。荒く息をして燕を見る。
「新しい技ですか?あれ」
「そうですそうです。ある程度傷つけて縛っておけば確実に祓えるんです!」
『瀞圓』と言ったか。《影》を光の輪で囲み侵食していく様子は世にも美しかった。もしかして技のビジュアルを意識して......燕がそんなことをするわけがないか。
「キミ、怪我大丈夫なの?めちゃくちゃ血吐いてるけど」
仁丸が駆け寄ってきて屈んだ。長いまつ毛から覗く、茶色の混ざった瞳が私を捉える。目を伏せなければ、と思ったがその瞳から逃れることはできなかった。
紛いもない、能力者の目だ。あの白狛と燕のせいで忘れていたが能力者はこういう瞳をしているのだった。虎視眈々と迫ってくる。
『月ちゃんは純粋な能力者なんだよ。睨むっていうのは非常に基礎的な能力、というより普通の人が普通に持つものなんだ。それを究極に仕立て上げたのが月ちゃん......』
ふと硲の言葉が蘇る。
「大丈夫です」
「ほんと?悪いなぁ、働かせちゃって」
「だったらもうちょっとギャラ増やして欲しいんですけど」
割と切実なのだが。《影》と闘うといつも怪我するしロクな目に遭わない。仁丸は少し考えているようだった。
「考えてやってもいいんだけど......次の任務をこなしてもらわないとなぁ」
「それ前、硲さんに言われた記憶があるんですけど」
「そうなの?硲さん」
三人で硲の方を振り向く。
「だったかな?気のせいじゃない?ともかく、実験は成功したね。これで分かったね」
だから話を逸らすな、と言ってやりたがったがここは我慢しなければ。私は大人だ。
「魂売買と《影》が関係あるってことがね」
これに関しては認めなければいけない。今のところ具現化した魂はこの件でしか確認されていないのだ。限りなく黒に近い。
「気になるのはスピリット・マーケットっていう会社だよね。バックに何がついてるのか分からない」
と仁丸。手元のスマホで検索しているようだったが全くヒットしていない。
「なんかの企業......のわけがないか。僕ん家以外にこういうのに関わってるトコは見たことないし」
小野田家の人間がそういうなら間違いないのだろう。
「あとはヤクザの線......と、一つ思い当たる節がなきにしもあらずなんですけど」
「月ちゃんヤクザ説推すね〜もしかしてヤクザ映画にハマってた?」
ノーコメントで。
「確定してるのはそのデカい組織が能力者を抱えてること、かな。そうなると君たちはその能力者の粛清をしなければいけないね。まぁある種の宿命みたいなもんだ。俺が君たちをここまで連れてきてしまったんだから」
隣で燕が下唇をキュッと噛んだ。体に力が入っているのがよくわかる。
「何度も聞いたけど、これ以上、先へ行っても良いんだね?」
「構いません」
「俺も。も、もっと人を助けたいんです」
ジャンプの主人公みたいなことを言う燕を思わず二度見する。いや、私にもそういう心はあるかもしれないが。
燕も安西と同じタイプか?純度100%能力者?聖人?人を呪わなければ真っ当な心のまま生きていけるのか?いや、鳳子は少し違ったような。
硲が幾度か頷いた。仁丸も満足げに笑みを浮かべている。
「白狛が突き止めるまで二人は自宅待機。わかり次第、連絡する」
「了解」
自宅待機、ということで家に帰ることになった。こんな早く済むとは思っていなかったのだ。ありがたい。これで誰の目も気にせずにガリガリ君ソーダ味とコーラ味を同時に頬張れる。
さっそくビルを出ようとした時、腕を思いっきり掴まれた。嫌な予感しかしない。
「君ー月ちゃん、だっけ?」
うわ、と顔をしかめる。小野田仁丸は私のそんな様子を見ても気にせず迫ってくる。目腐ってるのではあるまいか。
「連絡先交換する?」
「いや、そういうのいいんで」
「個人的に依頼しようかな......とか思ってるんだけど」
いぶかしげに仁丸を見る。
「企業のお偉いさんでも呪うつもりですか?意地汚いですね」
いや、こんなことを言うつもりではなかったのだ。こんな大物と直接取引できるんだ、目を覚ませ月。
「だよねーそれじゃダメだよね。はい、ほんとのこと言うから。実は白狛くんと燕くんとグループを作りまして」
いつの間に。
「入って欲しいな......と。うん」
「中高生かなんかですか?」
口から毒しか出てこない。これはダメだ。非常にまずい。
「......ゴホン。良いですよ、ただ個チャは勘弁してくださいね。あなたと二人っきりで話すつもりは毛頭ありません」
表情を変えずQRコードを差し出す。
「ありがとーーーーん」
大丈夫か、この御曹司。
「仁丸さんって何歳ですか」
「え、僕?
若い。いや、一個上か。
「どこの大学です?」
「......東京大学」
「え?」
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