experiments
「もう来たんですか......」
「迷惑?せっかくだから見物しようと思って。いいよ燕君続けて」
燕が浅く頷き紙袋から魂を取り出した。黒い方を手に取ってよく見定める。
霊力を持った少年の魂、吉野はそう言っていたか。
「魂であることは間違いなさそうですね。人間の匂いがする。念、霊力、穢れ......紛れもなく人間のものでしょう」
燕が目を細めて魂を突く。硲が眉間に皺を寄せた。
「魂には形が無い......これは魂を具現化したものってことなんだろうな」
「魂の具現化なんてできるんですか?魂なんて人間どころか能力者の範疇を超えているのに」
魂は存在する。だが物体として存在できるわけがなかった。そのせいで能力者たちの間では魂が存在するか、という議論が長く交わされていたのだった。
「それこそ、魂を具現化できる能力者がいれば」
仁丸がそう口にする。
「残念ながらそういう能力者は俺は知らないけど売人の尾行が終わったら色々はっきりするでしょ」
とは言ってるものの硲がそんな能力者を知らない、ということはかなり難航するのでは。
硲は全国の能力者の能力と顔と名前を把握していたはずだ。人脈は硲の何よりも武器なのである。
そもそも能力者であることを隠し通すのは至難の技である。想像以上に根が深い案件だったかもしれない。
「それと俺から一つ。この魂死んでますね。おそらく身体の方を先に殺してから魂を引き離したのかと」
「ちょっと待ってください。魂の生死なんてあるんですか」
思わずそう聞いてしまう。愚問だったかと一瞬心配になった。
「良い質問です月さん!魂と身体は別物ですからね。それぞれに生死があるんです。基本は身体が傷付けば魂も傷つくんです。だから魂が生きていて身体が死んでいるっていうのは無いことがほとんどです」
「じゃあ魂が死んでいて身体が生きているっていうのは」
「少数ですが前例はあります。身体は魂よりずっと強いんですよ」
初めて知った。やはりこういうのは燕が強い。
「だとしたら......やっぱり《影》とは関係ないんじゃ?魂が死んでるなら《影》があんなに動くはずないんじゃ」
《影》は死体に魂やら亡霊やらが棲みついて発生するもの。私のイメージとしては人形を魂が操っている......そういう認識でやってきたのだ。
「あくまでも想像に過ぎないのですが。《影》は魂を燃料にしているのではないでしょうか。燃料にするだけではなくその
と燕が右腕で宙を掻いた。灰色のモヤがかき消されていく。霊か。さっそく魂に釣られてやってきたのだろう。
なんとなく理解できた気がする。
《影》の原料は死体と魂と霊。普通ならできるハズの無い霊的な存在を誰かが作り出している......そういうことだろうか。
「じゃあさ、さっそく実験しちゃおっか」
「え」
「試しに犬の死体を使ってみる」
仁丸が指を鳴らすと12、13くらいの少年がワゴンを引いてきた。
骨の浮き上がった皮だらけの犬がぐったりとワゴンに横たわっている。
「この犬......」
「虐待されてたらしい。弟が拾ってきたんだけど、助からなかった」
ワゴンを引いてきた少年はよくみると身体を震わせていた。仁丸の弟だろう。
少年が潤んだ瞳を四人の大人に向けた。
「クゥを世界平和に役立ててくれるんでしょ。はやく実験しちまえよ」
仁丸がうっと声を詰まらせ弟の細い体を抱いた。少年は何も言えずただただ歯を食いしばって、仁丸の肩に顔を埋めていた。
「兄さんがクゥの死を無駄にしないからね!」
「兄さん苦しい。行っていい?」
「......見ていかないの?面白いよ」
少年がぴく、と眉間を動かした。
「兄さん......そういうところさぁ」
仁丸が首を傾げた。そんな仁丸に構わず少年は走っていく。だめだこりゃ。弟のことは大好きなのに少し感覚がずれている。普通の少年だったらとっくのとうに仁丸のことを嫌いになっていそうだ。
「どした?」
「いいえ。実験始めるんでしたよね」
「うんうん。見てな」
仁丸が黒い魂を持ち上げて犬の死体に近づいた。
「準備は大丈夫?祓える?」
「それはいいんですけど祓ったら500万がパーですよ」
「そんなはした金、僕が気にするとでも?」
仁丸がにっこり笑って魂を犬の死体にぶち込んだ。
黒い液体がその瞬間、舞った。
「始まったみたいだね」
燕と目を合わせ構えを取る。ワゴンの周囲に黒い霧が渦巻いていた。穢れの匂いも強い。魂に霊が集まり始めているのだ。
「オルビス・ヴィラに憑いていた怨霊が何体か。小野田グループの元社員ですかね。まぁこういう土地柄だし霊が集まりやすいみたいですよ」
燕がすらすらと述べる。こういうのをみるとやはり祓いのプロだな、と思う。私にはここまでのことはわからない。
ワゴンの上の骸がのっそりと起き上がった。といってもそれは犬ではなく黒い粘液を垂らした人間ぐらいの大きさをしたヒルのような生き物。いや、生き物という表現は正しくないな。これは生き物でも霊でもなく《影》なのだから。
「なかなか気持ち悪いね。お二人ともお手並み拝見といったところかな」
仁丸と硲は後ろへ下がった。結局、あの二人は戦わないのかよ、と思いながら《影》を視界へ入れる。ワゴンからはみ出した身体がだらしなくぶらついていた。そこから滴り落ちる粘液が絨毯を黒く染めていく。
『影薙』
『清-キヨメ-』
《影》の細長い躰が真っ二つに割れて血が吹き出した。苦しそうに《影》が跳ねた。断面はもうすでに霧散し始めている。
なんだ、この程度か。と視線を弱めたとき断面から何かが生えてくるのが見えた。再生している......
「高級魂と大量の霊。犬だからってなめちゃダメだね」
腕を組んで立っている硲がそう声をかけた。うるさい、と睨んでやりたかったがそれどころではなさそうだ。
《影》が一回り大きくなってワゴンを飲み込む。さらに目玉やら手やらが生えていた。常に進化を遂げるのか。厄介すぎる。
《影》が飛ばす粘液をかわし、私は睨む。
『針地獄』
さっき切れたはずの断面あたりに狙いを定めたのだ。《影》の躰から針が飛び出して壁へ叩きつけられる。それだけではダメージが足りない。
絨毯を睨んで針の山を発現させた。四方八方に伸びる針の先端。壁に叩きつけられた《影》がちょうど針の山へ激突する。狙い通りだ。
針がしっかり刺さって《影》の躰をとらえている。ついでに特大ダメージと強烈な痛み。
《影》はしきりに暴れるが貫通した針から抜け出すことは難しいようだった。躰をよじるたびに血は流れ続ける。
そして私は針の強度を高めて長くする。それから針を躰の内部で曲げればもう逃げられない。燕が視線を流してきてふっと笑った。縦に首を振る。
飛び散った血をのけながら燕が右腕を振り上げた。
『瀞圓-セイエン-』
燕の指先が蒼い光の筋を描いて絨毯へ着地する。その着地点から幾重にも重なる波紋が広がっていった。蒼い光は歪むことなく均等に広がる。ひどく奇妙で美しい。
その波紋が《影》を囲み切ったとき燕は一度、手を叩いた。
『祓-ハラエ-』
下の方から光の膜が天井へと向かっていく。波紋の中の《影》が蒼い膜に透けて見えた......と思った時には《影》が膜ごと弾けていたのだ。
残されたのは昇っていく黒い霧。《影》の肉体はどこにも見当たらない。
「ふぅ......」
汗を拭って絨毯に崩れ落ちる。疲れが身体全体を襲った。
口から流れ落ちた血を吐いてから深く息を吸う。反動を楽にするには思い込みから解き放たなければ。この程度の針地獄で怪我を負うわけがない、というような、ある程度の楽観視が必要。そうだろう、硲。
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