魂購入

そんな会話を続けているとあっという間に渋谷に着いてしまった。

 そびえ立つ32階のオルビス・ヴィラ。こんなビルを小野田家はいくつも所有しているだとか。

 地下駐車場にキャデラックを入れて降りる。

「えーと、30階の部屋だっけ。早川さん行ってきますね」

「イッテラッシャイ」


 早川に見送られエレベーターで30階へ向かった。透明のエレベーターが地上を見放して上昇していく。渋谷の街と米粒のような人間。

 燕が目を伏せて体をふるわせた。高所恐怖症か?

「30階です」

 無機質な声が響いて扉が開く。

 ボルドー色の絨毯に、シャンデリアが吊るされたフロアが目の前に広がった。

 白狛が一歩踏み出し目を閉じる。

『消えゆ』

 白狛の姿が即座に霞んだ。目では見えるが存在感というものが消え失せていた。

「とりあえず......僕は色々仕掛けときます。では」

 白狛が薄暗い廊下に消えていく。

 燕と目を合わせ頷いた。

「俺たちも」

「行きましょうか」

 しっかりした絨毯に足音が吸い付いていく。金のドアノブのついたドアの前で立ち止まった。この部屋で取引が行われる。

「まだ、売人はいないみたいですね......」

 燕が部屋へ入って辺りを見回した。長方形の木の長い机に並べられた椅子。高そうな絵画が2つ壁に。古臭い匂いが香る。

 2人で席につき待っていると1人の男がやってきた。30代くらいだろうか。大きな目をギョロリと動かす何とも不気味な男だ。おろしたてのスーツによく磨かれた革靴。

 いまいち正体が掴めない。

「これはこれは......待たせてしまいましたか。小野田仁丸おのだ ひとまる様でございますか?」

「はい」

 燕が自信たっぷりにこたえる。小野田仁丸という名前さえ今初めて聞いたのに大した余裕だ。

「お隣の女性は......」

「安西エミリです。仁丸さんの秘書を務めております。同席してもよろしいでしょうか」

「もちろん」

 心の中で安西に謝る。とっさに思い出したのは安西エミリの名前だった。まずかったかなぁ、と思い始める。

 ふと1人の青年が部屋に入ってきて人数分の紅茶とクッキーを置いた。とっさに頭を下げると青年が笑顔を見せてから下がっていった。

 とりあえず青年の出してくれた紅茶を啜って心を落ち着かせる。

 男が席についてトランクを机に出した。漆黒が光でやんわりと反射する。

「スピリット・マーケットの吉野でございます。本日は魂をお買い上げいただくということで......」

 スピリット・マーケット......会社名だろうか。そのものズバリ、というか。吉野がトランクを開いて何個かを取り出す。

 卵の形をした黒い塊。内部は少し透けていたり曇っていたり。黒い光を机に落とした塊は鉱石のような輝きを秘めていた。

 その隣の塊の色は蒼。深い海の色をしている。黒い塊とおもむきは随分と違う。完全に透けていて美しい淡い青の光を放つのだった。

 2人でその美しい塊をどれほど眺めていたことか。

「こちらの魂は少女の魂なのですよ。少女の魂は他の魂の何倍もの美しさを誇るのです」

 吉野が指したのはその蒼い塊だった。

「手にとっても良いのですか?」

 と燕。こっくりと吉野が頷いた。

「これは......素晴らしい」

 燕が目を細めて塊を光へかざす。見定める燕の目の奥は険しい。ではこの塊は。

 私でもそういう匂いがするのは感じていた。ひどく悲しい匂いだ。人間に近づいた時、感じる負の感情を詰めた匂い。なんてものじゃない。亡霊のそれにずっと近い。

 これが魂であることは確信に近づきつつあった。

「ちなみにこの魂はどのくらいするんでしょう」

「そうですね......」

 吉野が書類を取り出して見せる。少女の魂と記された欄。

蒼:8000000円......

「なるほど。買いましょう」

 燕が落ち着いた声でそう言う。嘘だろ、と声が喉元まで出かかっていた。

「それとそちらの黒いのを」

玄;5000000円......

「こちらは霊力を持った少年の魂ですね。さすが小野田さんお目が高い」

 吉野が取り出した契約書に燕は間髪入れずサインする。ハラハラどころではなかった。総額1300万円だ。信じられない。

「できれば今日、現金で支払いたいのですが」

「えぇ......と。こちらの口座に振り込んでいただけますでしょうか」

 吉野が苦笑いしてもう一枚書類を手渡す。流石にこんな客いなかったのだろう。


 一通りの手続きが終わり吉野が魂を紙袋に詰めて渡した。燕が両手で受け取って爽やかな笑顔を向ける。それに対抗するかのような吉野の不気味な笑顔。

「お買上げありがとうございます。お客様と素敵な魂の出会いを祈っております」

 吉野が頭を下げてからエレベーターへ乗った。白いもやのようなものが同時に乗り込む。白狛だろう。尾行でもするのか?

 吉野が去るのを見届け燕がふっと息を吐いた。

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