悪い夢

人間に睨まれていた。黒く鈍く人間たちは揺らめく。私は知っている。これが何だか。

「に......ら...み」

闇が私をゆっくりとのみこむ。ぬるい。暗い。生臭い。

怨念......そうだ。私が生みだしたんだ。

「今更生き方を変えようっていうのかい」

「お前は一体何が欲しいんだ」

「冷酷に俺たちをいたぶったというのに!」

知っている声。私が呪った者達に違いなかった。うるさい、と口の中でつぶやき闇を睨んだ。弾けた人間が私に白目を剥く。

「そうだ、それがお前の本性なんだ!人より強いから俺たち弱者に牙をむく!!」

「人を助けてどうする!罪の精算か?くだらない」

「正義とやらを振りかざすのか?」


耳をふさぐ必要は無かった。私は正面を向いて目をかっぴらく。

「違う違う違う違うね!!罪の精算?正義?程遠いわ!私は私が生きるために《影》を狩ろうと決めたんだよ。一儲けしてアパート買って生活を安定させる、それだけだ。私はお前達を呪ってきたことに何の罪悪感も感じていない!」

人間達は私を指さして叫ぶ。

「やはり能力者だ!薄汚い!」

「屑が!」

この程度の言葉で私がへばるとでも思ったのだろうか。人間達を見下して高笑いする。

「屑で何が悪い」

思考は澄み切っている。生霊にかまっていることより私にはやるべきことがあるのだ。そう思えたとき身体が持ち上がるような感覚に襲われた。

悪夢から覚めようとしていた——


「......ですか?ならいいんですけど......」

「タフなんで......」

仲間の声がしっかりと傍で聞こえた。目を開き身体を起こそうとする。

「月さん!!」

燕と白狛。二人の顔が目に飛び込んでくる。燕の首筋に巻きついた包帯から薬のクセのある香りがしていた。

「皆さん、無事だったんですね」

「それはコッチの台詞です!俺の寄生した《影》は鳳子さんのおかげですぐ消えましたから。バリバリ元気です」

燕が首のあたりをさする。消えたといっても何も残らなかったわけではないだろう。私の腕には火傷の痕のようなものが残っていた。

「.......それにしても......あの技をするなんて......」

白狛がぼそりと呟く。見たところに白狛に傷は見当たらない。あの時といい白狛は恐ろしいくらいに傷つかない。纏の効果なのだろうか。

「とっさに思いついたもんで。安西さんのおかげですね」

「あぁ......霊と霊をぶつける......って言ってましたね」

白狛が幾度も頷く。

「相当高度な技ですから......僕少し心配だったんです......きっと僕だったらそんな思い切ったこと決断は出来なかった。」

「思考が鈍ってたからあんなことしたんですよ。私が手負いだったからしたんです」

あの状況で私はまともに判断する気はなかった。とっさに思いついた逢魔を天秤にかける時間もなく実践にうつした。それだけのことだ。

燕が白狛と一瞬視線を通わせ私の目に前に何かを差し出した。蓋の付いた木箱がちょこりと手のひらにのせられている。燕が蓋を開きつまみだす。

「コレ、拾ってきた《影》の欠片です。白狛に纏をかけてもらって今は無害なんですけど」

黒く固まった木のような材質の欠片。これでも穢れの匂いは強い。

「上野にいた他の《影》の欠片と同じ穢れを感じたんです」

「つまり、私達が一日目に倒した《影》はあの大物の一部だったと?」

「そうみたいですね。おそらく人に寄生して大量の《影》を発生させたんでしょう」


あの異常な量の《影》は寄生によって生まれたものだったのだろう。宿主の身体を乗っ取ればそれだけで人間の器を獲得した立派な《影》が出来上がる。寄生する《影》。どうも効率的すぎる。

「......今のところ全ての《影》が寄生できるわけじゃなさそうですね......」

「あくまでも上野の《影》は実験体なんじゃないですか?《影》が人工的なものなら、ってことなら」

とは言ったものの《影》が人工的なものであることは私の中でほぼ確定している。ただの霊の集合体が寄生なんてするはずもない。

燕が少し考えるように眉を寄せた。

「だとしたら、もっと酷い事態になるかもしれませんね。寄生の他にも能力を備えた《影》が生まれれば......」

「確実に私たちじゃ手に負えなくなる」

「盛り上がってるとこすまないんだけどさ。俺から話があるんだけど」

部屋のドアが開いて硲が顔をひょっこり出した。TOKYO♥のTシャツ。ダッサ、と3人で目を合わせた。

「何だよその視線......」

「Tシャツ」

「あーこれ早川に貰ったんだけどね」

硲がTシャツを指でつまみながらこっちにやってくる。

「月ちゃん思い切ったことしたじゃん。さすがだね、成功させちゃうのも月ちゃんって感じ」

「何ですか話って」

布団を頬まで引き上げ、硲を見る。嫌な予感しかしていない。

「まず、これで訓練は終了だね。ひとまずお疲れ様!で、3人の口座に振り込んどいたから。その報酬だけじゃ満足しない3人に良い仕事を持ってきたんだけど」

「そんなことだろうと」

どうせ大金を一気に振り込んではいないのだろう。金で人を釣って仕事の内容をエスカレートさせる。それが硲。

「最近、魂が取引されてるみたいなんだよね。知ってる?」

「全く」

「サイズは手の平くらい。通常は200万円程度で取引される。その色と形、硬さは様々。

魂の抜け殻の《影》。固形の魂。関係ないはずがないでしょ」

硲が身を乗り出して笑った。

「魂の売人。とっちめてみない?」

「はぁ......」

私たちが命を賭けて闘っていた間に硲はそれを探っていたのだろうか。

「そもそもただの怪しいブツじゃないんですか?」

「って思うでしょ。そまぁそれも確かめるために売人と接触して欲しいわけで」

「確定じゃないんですか......」

言うなれば現代版ユニコーンの角ではないのだろうか。ユニコーンの角と偽って売られていたのはイッカクの角。魂はプラスチックでできた立派な紛い物なのでは。硲をじーっと疑い深く見る。

「というか《影》の討伐以外は私達に任せる必要ありますか?私は便利屋じゃないですよ。それに売人と接触するだけならあなただってできるはず」

硲がわざとらしく首を横に振った。

「魂売買にはデカい組織が関わってるみたいなんだ。できる限りは調べたけど一向にその組織の正体はわからない」

「普通に考えて暴力団?」

「うーん......分からない。とりあえず依頼引き受けてほしいんだ」

「はぁ......」

そんなわけの分からない依頼を引き受けろ、と言われても。私は仕事を選ぶ方だ。燕と白狛に視線を送る。

案の定2人とも俯いてバツが悪そうに硲を見上げていた。

「そうだ月ちゃん。この仕事やんなきゃもう仕事やらせてあげない」

「そういうのパワハラっていうんじゃないですか?」

「夢のアパートが遠ざかるよ。それでも良いのなら!」

いらっ。ただアパートが遠ざかるのは本当に困る。硲に小さく手を差し出した。

「OKだね。2人は?」

「じゃあ......」

流されやすい。流されやすいにも程がある。私も人のことはいえないが......

「はい決まり!詳しいことは後で知らせるから。それまでは自宅で待機ってことで」

「はぁ......」

硲がじゃ、と手を振って部屋から出ていく。

「嵐のような......人ですね」

白狛が呆然と呟く。

同感。

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