診療医
「月?私だ鳳子だ」
「ん......」
思い瞼を開く。化粧っ気のない鳳子の顔。見覚えのある天井。ホテル松竹梅だろうか。
「自分の身体が今どういう状況かわかるね」
襲ってきた鈍痛に顔を歪めて小さく頷く。寄生されたしあれだけ負の霊力を押し出したのだ。穢れで身体は塗れているはずだった。
「力を抜いて楽になりな。私が治療してやる」
鳳子が両手を私の額へかざした。
『清-キヨメ-』
ひんやりとした空気が辺りに広がっていく。それと共に穢れの濃度が薄まっていくのを感じていた。
「ひとまず表面の穢れは落とせたはずだ。どうだい気分は」
「割と......いい方」
「良し。気づいているとは思うが《影》の寄生はまだ続いている。単純に祓うだけじゃ寄生した《影》はとれないみたいだ。そこで」
鳳子がピンと人差し指を立てた。
「私の家に代々伝わる秘技『蘇』を行う。月自身の生命力を戻して《影》を落とす。それでいいかい?」
「もちろん」
今はとにかく楽になりたかった。息を深く吐いて鳳子の目を見つめる。鳳子がこっくりと頷いた。
鳳子の目が見開く。相当力を込めているようだった。額からは汗が滲み出ていた。
鳳子の指が絡まっては解いて模様を描いていく。またたく光が身体全体に降り注いだ。
『蘇』
心臓が一つ大きく鼓動を鳴らした。靄の立ち込めていた頭がサッと晴れる。身体の髄からエネルギーが溢れ出す。
何だこれ......
「効果はどうだい?結構効いてるんじゃないか?」
「エナジードリンク心臓に注ぎ込まれたみたいな」
「モン〇ターエナジーの100万倍は効くぞ。使い方によっては生き返らせることもできる技だからな」
「へぇ......でも一体どんな仕組みで」
だいぶ身体は楽になっていた。こんな一瞬で生命力が復活するなんて不思議でたまらない。
「普通、清といった清浄な能力を使うのに反動は出ない。ただ......蘇は別だ」
鳳子が背を向けかがんだ。苦しそうに咳き込んでは口を手で覆う。指と指の間からは血が漏れていた。
「ちょっ」
「自分の生命力を対象に流し込む。その分自分は反動のようなものを負う。それが蘇なんだ」
鳳子が口を手の甲で拭って笑ってみせる。べったりと付いた血が痛々しかった。
「そんな技やって下さらなくても!!」
「月。キミは死ぬ寸前だったんだよ。もう少し自分の身体がどんな状況にあるか考えた方がいい」
「でも私一人死んで何が駄目だっていうんですか」
代わりはいるはずだ。ここで死んでも《影》の討伐は他の能力者が成し遂げてくれるだろうに。
「《睨み》は遺伝による能力だ。白狛がいくら努力しても得られない能力。《影》の討伐において月は重要な能力者なんだ。というより能力者のトップになれる素質が備わっている」
なんでそんなことまで知っているんだ。まさか硲が私の母のことを言いふらしてるんじゃ。
鳳子は私へ視線を流す。
「月が今死んだらこの世界の何百人かが犠牲になる。それだけの話だ。それに蘇を使ったのは硲に言われたからだ」
「そう......ですか」
何も言う気力がわかず掛け布団をぎゅっと寄せる。ホテルの布団はいい匂いがする。
「生命力が回復しただけで寄生はまだ解けていない。ゆっくりと休むといい。腹は減ってるか?」
「全然」
「分かった......お疲れ様。よく寝るんだよ」
鳳子が電気を消してから白い部屋から去っていく。豆電球が良い、と言おうかと思ったが子供っぽいのでやめておく。
ベッドへ潜りこむ。
よく働いた。今日ぐらいはよく寝ないと——
部屋の扉を閉め鳳子は息をつく。なかなかキツい蘇だった。大体対象の生命力が7割くらい回復するまで蘇は行われるのだが。月の生命力は弱まりすぎていた。
唾液で血をのみこんで階段を降りようとした。
「月ちゃんがあんな台詞吐くなんてね」
「硲っ!うるさい」
硲が腕を組んで廊下の向こうから歩いてくる。TOKYO♥と大きく書かれた白地のTシャツに長い足をおさめたジーンズ。その濃すぎる顔のせいで外国人観光客にしか見えなかった。
「聞いてたのか?」
「もちろん」
硲がにやっと笑ってエレベーターのボタンを肘で小突いた。やってきたエレベーターに鳳子を先に乗せようとする。
「紳士面するなよ」
「いいじゃないか......鳳子ちゃんさ、あの子変わったと思わないか」
「変わった?」
首を傾げる。何が変わったというのだろう。
「蘇使った鳳子ちゃん責めるなんてさ昔の月ちゃんはまずしなかったね。月ちゃんはスイス製のアーミーナイフだったからね」
「例えが分かりづらい」
「っていうか月ちゃんの家のこと知ってたの?俺それが一番意外だったんだけど」
月の遺伝の話をしたとき一番動揺していたように見えた。能面のような月の無表情が揺らいだのだ。
「噂くらいなら知ってるさ。私の診療所に一人患者がいた。それをふと思い出してカマをかけてみただけだ」
「へぇ〜やっぱヤブ医者って怖いな」
「確かにヤブだが医師免許を持っていない点はブラックジャックと一緒だろう」
「それがヤブでしょ......」
呆れている硲をブーツで蹴って開いたエレベーターから押し出す。痛い痛い喚く硲を睨みながら鳳子は立ち止まった。
「......月の何が変わったっていうんだ?」
能力者月は謎に包まれていた。業界でその名を知らない人はいないと言われるが年齢も性別も明かされていなかったのだ。ふらりとあらわれては仕事をこなす凄腕の能力者。
それがあんな少女だとは鳳子だって思いも寄らなかったのだ。《影》の仕事を承諾したのも月への好奇心が半分以上。あの謎の少女についてもっと知りたかった。
硲が振り返ってまたにやりと笑う。
「言ったでしょ。アーミーナイフ。とんがりにとんがりまくった子。正義感の欠片もない子だよ。自分の身にも他人の身にも関心は無かった」
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