見出せ
鮮烈な血の匂いが立ち込めていた。指で頬に触れる。ぬるりとした感触。《影》の血......
「月さん!!!」
顔を上げる。白狛が駆け寄って私を抱き上げ《影》から距離をとる。こんなに細身なのに...と妙に関心する。
「身体中に《影》が」
「寄生してるんですね」
手の甲を闇にかざす。目玉が3つ程浮き上がっていた。身体がゆっくりと《影》に侵食されていく。もう指は自分の意志で動きそうにない。
白狛は私を横たえ目を閉じる。
『鎮-シズメ-』
白狛の両手が鈍く光った。茈色の光が身体に染み込んでいく。
「これでしばらく《影》は暴れないと思いますが......戦いは」
「できます。できなかったら何のために《睨み》があるんですか。それよりも燕さんを」
寄生されてもなお燕は《影》に向かっていた。首筋に『祓』をかけているようだが《影》が消える気配はない。だったら私の《睨み》で寄生した《影》を祓えるわけが無い。
白狛がぎゅっと眉を寄せた。
「......分かりました。無理はせずに」
無理はするつもりだ。しなければ何も成し遂げずに死ぬだけなのだから。
駆けていく白狛を眺めながら《影》へ視線をうつす。幸い私の姿は視界に入っていないようだ。燕にしきりに飛びかかっている。
あれだけ運動が苦手だと言っていた燕は華麗に《影》の手を飛びのけている。なかなかやるじゃないか。
ひとまず《影》を睨んで念じた。どこまでも再生するならばどこまでも追い詰めるのみ。
『影薙』
《睨み》を最大限にきかせた影薙。黒い光が《影》の巨体を割く。溢れた血は白狛が膜を作って防いでいるようだった。何も無い空間に壁があるかのように血が流れ落ちていた。
当然これだけの《睨み》は反動が今まで以上に大きい―
「ゲホッ、ウエッ」
胸のあたりを棍で一突きされたかのような痛み。苦しくて何もいえずもがき血をアスファルトへ吐く。幸い顔はまだ動かせる。《睨み》もできるし血を吐ける。今のうちだ。動ける間に《影》を仕留めなければ。
「フィガァアアアルゥァアアアア!!!!!」
「うるさい......」
腕にぱっくりと開いた口を睨む。念じると鋭い痛みが腕を突き刺す。それでも寄生した《影》はしぶとくうるさく悲鳴をあげる。 どうやら寄生した《影》を消すことは諦めた方が良いらしい。
気を取り直して本体の《影》を睨んだ。
『針地獄』
《影》の身体の芯へ針を作り出すイメージで。銀色の棘が《影》の頭の辺りから突き出す。それから内部で針を分岐させる。四方八方へ針を伸ばして串刺しに。
「ンブュブクゥアアアアアア」
本体の《影》と寄生した《影》が共鳴する。うるさい、と怒鳴る気力もなくうなだれる。身体の内側からじわじわと痛みが襲ってきたのだった。棘を伸ばされているかのよう。涙がつっとつたっていく。
痛い痛い痛い痛い......反動ってこんなにキツいものだったろうか。この痛みで私は死んでしまうのではないか。
「月さん!無理をしないで!」
悲鳴にも似たその声。燕と白狛がわなわなと肩を震わせていた。白狛の首筋から出た《影》の舌が白狛を突き飛ばす。軽そうなその身体が宙に舞う。人の心配をしている場合か、と叱りとばしたくなる。
どうやってもいけない状況なのは分かっている。今のところ攻撃は効いても《影》はすぐに再生する、燕と私は満身創痍。そして白狛はアタッカーでは無い。何か解決策を見出さなければいけないのに。
何も浮かばない......?いや、有る......
『幸い、数が多い割に弱い《影》でしたから!付近の霊を数体ぶつけてオワリ!』
『あ……ようは毒の…中和と同じ…理論です…よね?マイナスにマイナスを…くっつけるのは…打ち消すことに…なるので…』
確かに方法はあったんだ。
《影》と同じ性質のモノ。負の感情を押し出す。同じ性質をぶつけて打ち消し合うのだ。理論はごく簡単。
ただしそれを行うには《影》と同等の負の霊力を創り出さなければいけない。それにリスクも伴う。少しでもこちらの霊力が大きければ残ったエネルギーが私達を襲う。どうしようもないモンスターが出来上がるというわけだ。
あまりにも基本的な技だがそのリスクゆえ存在を忘れかけていた。試してみる価値はある。
宙を睨んで負の感情を全てさらけ出す。よどんだ空気が周りに広がるのを感じていた。良い。痛みを蓄積させたかいがあった。
「二人とも!!アレに魔をぶつけてください!」
頭上には黒い球体が靄を放ちながら浮上していた。燕と白狛がそれを見て顔を見合わせ頷いた。私の意図を理解したようだ。
二人が両手を球体を向け唸る。穢れの匂いがいっそう濃くなっていく。その度にどろどろの液体を流しながら球体が膨らんでいく。
「......ストップ!白狛さんは《影》のスピードを落として!」
ちょうど《影》と霊力が同じくらいになったようだ。
『邌-レイ-』
白狛の纏が発動した。《影》の周りだけスローモーションになったかのように動きが酷く遅い。
今だ。
『逢魔-オウマ-』
球体を睨んで《影》に確かにぶつける。濃い闇と闇が互いに沈んでいく。放たれた穢れが一箇所に集束していく。
その眩い光に目を細めた。街の灯りの何倍も眩しい。これが、霊力の中和......
閃光は幾度かまたたいてすっと小さくなっていく。完全に闇に消えていくまでどれ程経ったのだろう。
気づくと私達は闇の中に取り残されていたのだ。もうあの穢れはそこに無かった。力が一気に抜けて私は目を閉じた。酷使した目が悲鳴をあげていた。それに吐き気と鋭い下腹部の痛み。逢魔の反動が遅れてやってきたのだ。
「うぅ......ぁあああ」
「三人とも大丈夫.....じゃなさそうだネ。エミリ!鳳子さんを!」
「了解!」
早川と安西が来ているのか。それならもう大丈夫だ。
「もしもし鳳子さん。えぇ。ホテル松竹梅の安西です。ホテルまで来てくださりますか。お願いします」
苦痛に顔を歪めながらも安西の匂いを嗅ぎ安堵する。
「担ぎますよ」
「あぁ......はい......」
ぎゅっと抱えられ少し痛みがおさまる。人の体温はこんなにも温かいものだったろうか。薄く目を開き安西の柔らかい笑顔を見る。
「三人ならできるって信じてましたよ」
「本当......に?」
「えぇ」
言いたいことは有ったがその前に身体が限界を迎えていた。意識が徐々に途切れて―
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