安西

 無事のぼせた私は安西に担がれ部屋まで運ばれた。モノトーンで統一された薄暗い部屋。安西はひいひい言いながら私をベッドへ叩きつけた。

「重い!無理!風呂で寝るな!てか桶割るな!」

「スイマセン...」

にしても私を運ぶとは。なかなか安西は力あるのでは。

「もしかして安西さん運動部の方ですかね?」

「運動部っ?小学生の頃、サッカーやってたくらいで中学、高校はバリ文化部でしたけど!」

サッカー。妙に納得。中学と高校が文化部だったのも妙に納得。

「月さんこそ身体ほっそくて引き締まってるから運動部だと思ったんですけど」

「そもそも中学も高校も通っていなかったんです。」

「ほ、ほお」

安西が目を見開く。そう言うと大体の人は驚くのだ。学校に行くのは小学校低学年でやめた。私に必要なのは勉強ではなかった。大人と渡りあう経験だった。それだけの事だ。

「まぁ学校が合わないって人もいますし!」

そういうことではないのだが...まぁ説明するのも面倒だし。掛け布団に身体を潜り込ませる。火照った素肌に冷たい布団が心地良かった。


「私だって学校は合いませんでしたよ。昔っから霊が見えるせいもあって人からは嫌われてましたし。まぁそりゃそうなんですけど」

安西がふっと天井を見上げる。

「あなたの背後に霊がいる...なんて言って信じてくれる人なんていませんでしたから」

「苦労...しますよね」

「そりゃあ最初は苦労しました。でも立ち振る舞いを覚えてしまえば。あとは感情を殺すだけで生けていけたんです。」

安西の口調はどこか寂しげだった。...感情を殺す。この安西が?

「もちろん楽しくなんてないですよ。私も月さんみたいにすれば良かったかもしれない」

「でも今はこんなに」

「明るく見えます?本当の自分を出しているように?」

はっきりと頷く。

「早川さんのおかげです。就職するときにふと思ったんです。このまま生きていくのかって。そんな時に声をかけてくれたのは早川さんで。ウチに来れば能力隠さなくても良いよって言ってくださって」


「随分救われたんじゃないですか?」

「えぇ。この能力は両親さえ理解してくれなかったので。ああゆうのを吊り橋効果っていうんでしょうかね?ふふ」

安西が目の縁をさりげなくこすった。潤んだ目が綺麗だった。

「すいません。私の話ばっか」

「いいんですよ。私は話すことないし」

「では失礼します」

安西が立ち上がった。去り際にボソリと呟く。

「桶は弁償してくださいね?税込3500円です。」

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