早川
黒で統一された空間に足を踏み入れる。
「思ってたのと違う......」
「そうでしょそうでしょ。松竹梅なんて名前つけた割にはお洒落系だと思いませんか」
と得意げな安西。
「あの弥生人は?」
「早川さんのことですか?社長なら…」
「まだ俺って弥生人の認識?ひっどいなァ。」
出た。変質者弥生人。弥生人が歩き出しエレベーターに乗る。私も乗らなければいけないらしい。黙って乗って弥生人の顔を見上げる。そこそこの長身。180はあるだろうか。
「俺は
『4階です』
弥生人…早川はエレベーターを降りて廊下を歩いていく。安西が小走りで早川について行く。パンプスは歩きにくそうだ。
「朝食にしようか。キミの仲間が待っている。」
早川がドアを開く。一面のガラス窓に面したソファに二人が腰掛けていた。上野の景色がぱっと目に飛び入る。
「月さん!!」
「おはよう......ございます」
珈琲に口をつける燕、スクランブルエッグをかき込む白狛。いたって元気そうだ。
「少し冷めちゃったかもネ」
「構いません。いただきます」
腰をおろしてフォークを手に取る。バターの香るスクランブルエッグにベーコン。それからキツネ色に焼けたトーストとバター。
The ホテルの朝食である。
「月さん、《影》はどうでしたか」
「......大分強かった......数も強さもハンパじゃない。反動も相当来ましたし」
珈琲で口の中の血を流す。とてもこんな状態で朝食を食べられそうになかったがとんでもなく腹が減っていたようだった。バターを口いっぱいに広がらせる。
「その《影》のことなんだけどネ。色々とおかしいとは思わなかった?」
「数のことですか?」
うんうん、と早川が頷く。
「あの数みて気づいたデショ。《影》は天然物じゃないって」
人間の日々の生活でもたらされてしまう霊的な存在と人間が人工的につくりだす霊的な存在がある。私が《睨み》を使って作り出していた霊は無論後者だ。
そして《影》は。いくらなんでも天然物にしては数が多いし人間の意図が垣間見えた。《影》の器は死んだ人間だ。実体を持たずにうろつく霊とはまるで違うものだ。
その器に霊が取り憑き身体を侵食して姿さえ変えてしまう。異常すぎる。天然物であんなものが生まれるはずもなかった。
天然物はやはり自然の摂理に従って生まれるものなのだから。
「まず何がおかしいってあんなに死体があるはずないんだよネ。生のしっかりした死体なんてなかなかゲットできないヨ」
「誰かが人を殺して霊を憑かせてるってことですか」
「ウーン......そういうことになるのかネ。でも意味ないよナァ。どう考えても金儲けにはならないし霊を憑かせる、なんてことできないハズ」
そう、そうなのだ。人工物だとしても意味があるとは思えない。それが妙に気になるのだ。スクランブルエッグを舌で転がしながら自分の額を人差し指で突いた。
「そういえば早川さん《影》に遭遇したんですか?あの数、って言ってましたけど」
「あーそうそう。深夜の上野公園をふらついてたんだけどネ」
「え、それフツーにヤバいんじゃ」
燕はさして気にしていないようだがそもそも深夜に上野公園に行くなよ、と頭の中でツッコむ。
「舐めてんの燕クン。俺も安西も能力者なんだけど」
早川の後ろで控えていた安西エミリがにっと笑った。
「早川社長は予知能力。私は霊と話せる能力なんです!」
「能力といっても人を呪うようなものじゃないってコト。だから俺はこの業界に身を置いてるんだよネ〜」
能力者は私たちのように霊的なものに関わる職業につく者、能力を生かすか、殺すかして社会に溶け込む者。二分される。早川のような者は珍しくない。どちらかと言うと私たちの方がレアなのだ。
「それでどうやって《影》を倒したんですか?」
燕が怪訝そうに聞く。
「私が霊をぶつけたんですよ。霊っつっても話せない低脳な霊は強い霊にぶつけちゃうんです。その方がどっちも成仏できて良いですしね!」
「?」
「幸い、数が多い割に弱い《影》でしたから!付近の霊を数体ぶつけてオワリ!」
「エミリちゃんに守ってもらっちゃったネ〜」
燕の眉がぎゅっと寄る。
「......ようは毒の中和と同じ......理論です......よね?マイナスにマイナスをくっつけるのは......打ち消すことに......なるので…」
と必死な白狛。何となくわかるような気がするような。
それより私は安西の性格が若干おかしそうなのが気になる。
「まぁそれはともかく、結構上野の現状がヤバいことはわかったよネ?《影》の正体に迫るためにもキミたちには期待がかかってるんだ。」
早川がガラスから上野を見下ろしていた。その目は優しさで溢れている。
「実は今回、硲から報酬は受け取っていないヨ。愛するこの街を守るためさ。しっかり祓ってくれるネ?」
3人同時頷く。早川の期待には応えたかったが少し硲には腹がたった。何が訓練だ。人の想いがこもってるじゃないか。
「マ、言いたいことはそんくらい。あとは3人で仲良く朝飯食ってなヨ。そーだ、大浴場も解放してるから入ってきなよ」
早川が手を振って部屋から出ていく。安西は部屋の外で控えているようだった。
面白い空気感を持った人だと思った。掴みどころがないようなのにどこかシンパシーを感じる。
硲とはまた違うのだ。あの人はどこか高くから見下ろしている。届きそうで、届かない人。
「変な人......です......ね。」
「白狛君がそれ言う?」
「燕さん......恨み......ますよ......」
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