上野遠征

 診療所を出られたのは二週間後だった。鳳子の清めがよく効いたし何より訓練の効果が出たようだ。大分反動に強くなったのではないのだろうか。 

「気をつけて。あくまで訓練だ。身の危険を感じたら逃げろ。もし誰かが死んだらその時は私が硲を殺す。」

 冗談には聞こえないその言葉で鳳子は私を送り出した。

「大丈夫ですよ、私たちは無事帰ってきますから。」

 引き戸を開く。外は静まりかえっている。それもそのはずだ。深夜なのだ。

 リュックを背負った硲と燕と白狛が私に両手を振っていた。

「月さん行きましょう!硲さんの開を借りて上野までひとっ飛び!」

 闇の中でも燕の青い目とミルクティー色の髪はよく映える。小学生がランドセルにつける反射シールみたいだ、と思う。

「深夜集合の時点でお察しだと思うけど訓練は夜にやってもらう。《影》は闇に紛れていることが多いしね。完全に昼夜逆転する感じだからそこんとこよろしく。そうそう二日っていったけど一泊二日だからね」

「......どこで......寝る......んですか?」

 白狛が小さく手を挙げた。

「ホテルを経営してる能力者がいるんだけどそいつに部屋を貸して貰った。ホテル松竹梅っていうんだけどね。ま、とりあえず行きなよ。ピンチになったら俺が駆けつける」

 そこまで言うと硲は息を深く吸った。指がぼんやりと光る。


「開-ヒラキ-」

 

 闇の中にぽっかりと空間が開いた。硲がその空間を手の平でさした。

「目的地は上野駅。さぁ行ってきな」

 三人で顔を見合わせうなずく。私は真っ先に開の中へ身体を放り出した。

 足がゆっくりと地面につく。アスファルトの感触を確かめて私は開から這い出した。


 上野駅前。現在午後12時。12時は深夜に入らないようだ。上野の街の灯りは闇をかき消していた。


「ひっ…ね、僕たち…出るとこ…見られませんでしたか…?」

「大丈夫ですよ。ほら」

 燕が声を張り上げるギタリストを指さす。

「路上ライブに夢中みたいです」

「客いないけどね」

 私がぼそりとつぶやく。酔っ払ってるのか自分の歌に酔っているんだか。私たちに気付く様子はない。

「開って見られるとヤバイんですかね?」

と燕。

「......そりゃあ......怪奇現象以外の......何ものでもありませんから......ムーあたりに取り上げられる......と思いますよ......ムー読んだこと......ないけど」


 私たちが夜活動することになったのもこういうことだろう。

 確かに夜には《影》が多く出現する。だが一般人に姿を見られない方が良い、というのが一番の理由ではないだろうか。集中して《影》を討伐するには多少の動きにくさは我慢して夜に行動した方がいいのだ。


「とりあえず私はアメ横を当たります」

「じゃあ俺は上野公園を。広いので白狛と二手に分かれて。」

 白狛はこっくりとうなずきリュックから何かを取り出した。細長い、布に包まれた物。

「あ......これは家から......持ってきた剣で......す。剣っていっても相当短い......けど」

「スゴッッッッ」

 燕が目を輝かせる。やはり男の子は剣というワードに弱い。

「纏をかければ......そこそこ良いダメージ......与えられるので。あっ......皆さんに纏かけましょうか」

「大丈夫です。訓練だから実力を出したいんです」

「俺も纏は遠慮しとこうかな」

 そう、これは訓練なのだ。自分の実力を見極めなければいけない。


「じゃあ夜明け頃、ホテル松竹梅で落ち合いましょう」

 二人が闇の中へ消えていくのを見届ける。

 私も行かなければいけない。

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