特訓

 そんなわけで私は鳳子の診療所で怪我が治るまで身体を休めることになった。毎日だらだらできるのか、そう思えたのは一日目だけ。

 毎朝6時に硲が訪ねてくるのだ。時には燕と白狛を連れて。私が起きていなかったら硲に冷たい水をかけられる。(その時は畳を濡らすなと鳳子が硲を叱るのだが)

 始まったのはちょっとした訓練だった。硲が持ってきた霊を詰めた瓶を睨む。これがなかなか難しく、反動が出ない程度に調整しなければならない。瓶を割るのはそこまで難しくはない。

 厄介なのは瓶から出た霊を仕留めることだった。たくさん飛び散るので素早く睨まねば大惨事になるのだ。

 初めは弱い霊ばかりが詰められていたが回を重ねるたびに硲は強い霊を詰める。そうなると中々ハードで怪我人にやらせる訓練ではなくなってくる。反動が重くなる。

「俺は呪っても反動はそこまで来ない。何でだと思う?」

「強いから?」

「というか回数の問題。身体が反動に麻痺するっていうか一種の膜みたいなものができて対応するんだ。反動が来るから月ちゃん回数抑えてたでしょ」

 硲が言うにはそういうことらしい。だから《睨み》を何度もやらせる…反動を緩和するための訓練だったのだ。

 半信半疑だったがやっているうちにその意味がやっとわかった。強い霊を睨んでも反動が来ない。身体がまるで造り替えられたようだった。

「人間の身体って凄くて割と何にでも適応できちゃう。能力者は特にそれにおいて優れてるんだ。」

とは硲の言である。業界で名を馳せている硲は後世の育成の手腕も確かなようだ。診療所にくる燕と白狛も前進していて燕はよく話を聞かせてくれた。

「俺は体力がないからジョギングをさせられることになったんです。霊を祓うついでにね。」

「霊祓うとかなり体力消耗するんじゃ」

「えぇ。もちろん。それが硲さんの狙いなんでしょうがね」

 どうやら祓いの体力の消費も私と同じように訓練して抑えられるものらしい。燕が試しに霊を祓ってくれたが以前に増して強くなっているのがよく分かった。何より祓いの速度が上がった。

「俺は二人とは違って呪いを使わないのでやっぱり弱い。この際だから祓いを呪いの方向へ向ける練習をしたんです」

 『数代前は魔女』の燕はやはり習得が早い。これからはマッチポンプができる、と燕は笑っていた。そう言うものの燕はそんな悪どい商売をしない気がした。

 長い間清い方向に能力を使っていたからだろうか。燕からは善人の気を感じた。純真なまま育った幸せな者に見えた。正直同じ世界の人間には見えない。

 けれど今はビジネスパートナーだ。《影》の討伐が終わったら私たちはまた散っていくだろうが......それが少し、寂しく感じれた。

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