第11話 絶望の縁に

ガイアは仲間を集めるために色々な場所に足を運んだ。

幸い、マキア王に恨みを持つ人はこの国では珍しくない。というかほとんどの国民から嫌われている。ではなぜ、国王を続けられるのかというと貴族の支持率が高く、それを後ろ楯に国民に圧力をかけているからだ。


一週間でそこそこの人数を集めることができた。だが、反乱を起こすにはまだまだ戦力が足りない。


ガイアが拠点としている小屋で戦力不足を悩んでいると、情報収集を終えて帰宅したシオンが耳よりな情報を伝えてきた。



「ガイアさん、吉報です!トリアニア公国のファリエス公爵が密かに反乱を企てているとの情報を入手しました。公爵に謁見して戦力を一気に拡大しましょう。」




ファリエス公爵とは帝国内に存在するトリアニア公国を統治する大貴族で、国民のために粉骨砕身する優れた統治者として国民に慕われている。

ファリエス公爵は貴族の中では珍しくマキア王の独裁政治に昔から不満を持っていたらしい。マキア王を国王の座から引きずり下ろすために秘密裏に反乱の準備を進めていたという。




「ファリエス公爵が俺のような公国出身でもない一般国民の話に耳を貸してくれるだろうか……」




「大丈夫ですよ。ファリエス公爵は困っている国民を切って捨てるような冷酷な人ではないと聞いています。理由は違えど目的は同じです。きっと私たちの話にも耳を傾けてくれるはずです。」




ガイアの不安をすぐに否定するシオン。

すぐに謁見の許可をもらうための文書を書く。




「これがうまくいけば、マキア軍と戦える戦力が大幅に増えますね。ガイアさん!」




「ええ、ファリエス公爵の軍が加われば多少はまともになるかと。ですが、それでも帝国と戦うにはまだ十分とは言えないです。帝国に残留している兵は約十万と言われています。こちらはトリアニア軍が加わってもせいぜい五万くらいでしょうし。あともう一押し欲しいところです。」




「そうですね、剣聖や賢者のような一人で万人並みの力を持つ人がいない中では数が戦況を左右しますから。せめてあと三万は欲しいですね。」




とはいえ、まずはファリエス公爵との会談で協力を得ないことには始まらない。

ガイアは書いた手紙をトリアニア公国に送るためギルドに向かった。




──────────────


ギルドは荷物の郵送、冒険者の申請手続き、クエスト依頼など様々なことを請け負っている。

特にギルドは世界各国にあり、独立した立場であるので誰でも安心して利用できる。



ガイアはギルドに入ってすぐに手紙の郵送を受付嬢に依頼した。

綺麗な所作で対応する受付嬢を見ると冒険者時代を彷彿させる。

書類に宛先と氏名などを書き終えて帰ろうと出口に向かっていると後ろから丸メガネの青年に声をかけられた。




「あっ!ガイアさん!……お疲れ様です。ちょっとお伝えしたい情報がありまして、その……周りに聞かれるとまずいので、外に出ましょう。」




そう言って二人はギルドを出て近くの路地裏に入った。




「それで、マルネ。伝えたい情報ってなんだ?周りに聞かれたくないってことは関係なんだろ?」




ガイアはマルスの伝えたい情報に耳を傾ける。



「はい、その通りです。……実は、最近マキア兵がガイアさんを探し回ってるみたいなんです。……理由はわかりませんが、とにかく気を付けてください。あいつら、何をするかわかりませんから。」




どうやら兵士が血眼になってガイアを探しているようだ。まだ、作戦には気づかれていないようだが見つかるのはまずいだろう。

ガイアはマルスに礼を言って警戒を強めて帰路に着いた。




貧民街に入る少し前でずっと後を付けてきている存在を排除するために足を止める。

人数は四人。左右の路地裏に二人ずつ隠れている。




「バレてるぞ。ずっとコソコソと付けてきやがって。俺に何のようだ?」




ガイアは護身用の腰に携えた直剣に手をかけて隠れている四人に告げる。

すると、あきらめた様子で四人は出てきた。

そして、一人の男がガイアに目的を告げる。




「貴方と娘、そして魔導師の女性を殺すように、王に命じられたのです。」




なるほどな、とガイアは納得する。流石にあの強さを見せたガイアとシオンは野放しにできないと判断したのだろう。特にシオンは帝国一の魔導師と互角に渡り合っていたのだ。

反乱分子は早めに摘まないと、と躍起になって探していたわけだ。




「そう言うことか。……だが、その戦力で俺を殺せると思っているのか?返り討ちに合うだけだぞ。見逃してやるから死にたくなかったら帰りな」




ガイアはこれで帰ってくれれば万々歳と思ったが、どうやらそのつもりはないらしい。




「なにもせずに帰ったら、それこそ私たちが王に殺されてしまいます。……はあ、何とも無茶な命令をされたものだと嘆きたくなりますね。」




その男は妙に落ち着いた様子だった。彼我の実力は理解しているが、負ける気はないと。

そんな雰囲気を感じさせた。



「妙に落ち着いてるな、お前。悟りでも開いたか?」




「まあ、そんな感じです。……そろそろお喋りはこの辺にして、殺りますか?」




「いつでも来いよ。何を隠してるか知らないがそれも含めて返り討ちにしてやる」




喋っていた男以外の仲間が一斉にガイアに肉薄する。

結構な手練れのようだ。油断してたら足下をすくわれると、ガイアは気合いを入れて迎え撃った。



三人の連携は敵ながら素晴らしくガイアは決めきれずにいた。



「厄介だな、持久戦は不利になる。ここらで強引に決めにいくか」



そう言ってスキル『縮地』を発動して手前の二人を避け、奥にいる小柄な男を刺し殺した。

手前の二人はガイアの速さに目を見開き、すぐに距離を取った。



「ロッゾがやられた、フォーメーションを変えるぞ」



「ああ………くそっ!何で俺らがこんな目にっ」




二人が何やら話し合っていたがよく聞こえなかった。

ガイアは武器を再び構えると敵の攻撃に備えた。

今度は一人が遠距離から魔法でもう一人を援護するようだ。

ガイアは街に被害が出ないように敵の魔法を正面から切り伏せながら戦う。

人数が減って有利になったはずが戦いづらくなっている。

ガイアは接近戦担当の男を魔法の軌道上に被せて魔法をできるだけ抑える。




「『ファイアーボール』──ッ!しまっ───!」




男が魔法を撃つ瞬間に合わせてもう一人の男の胸ぐらを掴み盾にする。




「───なッ!、がはっ!」




背中に直径30cmほどの火球をくらい、男は激痛に顔を歪める。

そのまま男を地面に叩きつけ胸に剣を突き刺す。




「ミルドっ!……くそっ!何なんだよ!」




男は自棄やけになって魔法を連射する。

冷静さを欠いた攻撃はガイアに掠りもしない。そのまま男に接近するガイア。

男は気が動転したのか剣を抜くと大振りで攻撃してきた。

隙だらけの攻撃にガイアは男の振り上げた腕ごと首を切り飛ばした。



男が血を噴き上げながらドチャっと膝から崩れ落ちる。



刹那──ガイアは身の危険を察知して横っ飛びで回避する。

二の腕にかすり傷を負ったが何とか致命傷は避けた。




「おや?完璧な不意打ちだと思ったのですが、かすり傷ですか……。せっかくハンスが命懸けで作ったチャンスだったのですが。満足がいく結果になりませんでしたね。」



顔に仲間の血を付着させて男は残念そうに呟く。右手には刃の色が変色したおかしな短剣を握っている。




「まさか、仲間の血飛沫を目眩ましにして不意打ち狙って来るとは思わなかったぞ」



そう。彼はハンスの血飛沫で死体の後ろから接近する己の存在を隠してガイアに不意打ちを仕掛けたのだ。

この作戦はおそらくメンバーで確認済みの作戦だろう。

メンバー三人の死をこの不意打ちのためだけに捧げたのだ。




「だが、残念だったな。俺にその仲間が命懸けで作った不意打チャンスちを避けられて。」




ガイアは相手の心を折ろうと嫌味をぶつける。

しかし、男は全く気にした様子はなく、逆に嬉々として口を歪ませてガイアに答えた。




「いえいえ!彼らの作ったチャンスは決して無駄ではありませんでしたよ。ほら、貴方の左腕を見てください。傷がついているでしょう?」




「は?この傷で俺が殺せると思ってるのか?仲間が死んでおかしくなったんじゃないのか。」




ガイアの言葉を聞いて男の口角が三日月のように吊り上がる。

そして、右手に持つ気味が悪い武器の説明をしだした。



「この短剣は試作品でしてね、あるモンスターの細胞を用いて造られたんです。……何のモンスターかわかりますか?」




「……ドラゴンか何かか?」




「いいえ、違います。……この武器は『インフェクトウルフ』の細胞を加工して造られた武器なのです。デビルウルフの中のさらに限られた個体でそうそうお目にかかれない珍しいモンスターです。」




ガイアもその存在は聞いたことがある。

狼が魔狼化した姿がデビルウルフでその中でも魔力が多い個体がインフェクトウルフに変化する。

そして、そのインフェクトウルフは────




「とある有名な病気を引き起こすウイルスを持つことで有名ですよね?貴方もご存じのはずです。」




「……『魔狼病』、か」




そしてガイアはどうして男がかすり傷一つで勝った気になっているのかを理解する。




「まさか、その武器には魔狼病のウイルスが付与されているのか………?」




男はニッコリ笑った。




「ご明察です。……ただ、この武器は試作品ですので一回しかウイルスを付与できないのですよ。だから、貴方に攻撃を当てたときは内心ホッとしました」




男は大袈裟に胸を撫で下ろす真似をする。

そして、絶望のどん底にいるガイアに好奇心を抑えきれない子どものように質問を浴びせた。



「ですから、今から私を殺そうが貴方の死は確定しているのです。……どうですか?今の気持ちは?愛する妻に会える切符を手にして嬉しいですか?はたまた、愛する娘を残して死ぬのが辛いですか?ねえ?、ねえ!?どっちなんですか?」




「黙れえぇぇぇ!!!」



ガイアは怒鳴り声をあげて一瞬にして男の首を切り飛ばした。

ガイアの表情は酷く暗い。呼吸が荒く取り乱している。

そして、糸が切れたかのように力なく膝から崩れ落ちる。





「……アイシャ、ごめん。約束、守れなかった……。俺を信じてアリアを任せてくれたのに、俺はお前を裏切ってしまった。」




ガイアはアイシャとの約束を思い出して、彼女に謝る。

彼女が死ぬ間際アリアを任せると言って旅立ったのだ。

その彼女との約束を破ってしまう自分を彼女は許してくれるだろうか。いや、彼女が許してもガイア自身が自分を許さない。死んでも悔やみきれない後悔をこの世界に残して愛する嫁のもとに行ってしまう自分を決して許すことなんてできない。





「……アリア。こんなダメなパパでごめんな。幼いお前を残して死んでしまう俺を許してくれ」




母親がいなくなり、そしてすぐに父親もいなくなったらあの子の心は耐えられるだろうか。まだ、母親は生きていると思っているのは幸いだろう。しかし、今回のガイアの死はどうやってもアリアに知られてしまう。

アリアにとって初めての身内の死を経験することになる。さらに、ガイアが死ねば母親が既に亡くなっていたことを知るだろう。それは、ガイアが一番危惧していることだった。

生きていると思っていた母親が既に亡くなっていたなんて3歳の子どもには到底耐えられる状況ではない。



どう足掻いても詰んでいる。八方塞がりだ。

それこそアイシャが生き返ってくれたりしなければ状況の打開は不可能だった。



「……ちくしょう。どうすればいいんだよ」




誰かにすがるように弱々しく呟いた言葉は帝国を吹く風に掻き消された。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お節介冒険者パーティーの冒険記 パンぴょん @panpyon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ