第10話ずっと愛してる
「ガイアくん。アリアが生まれた日のこと、覚えてる?」
「当たり前だろ?忘れるわけがない」
「ガイアくんったら、生まれてきたアリアと同じくらい泣いてたよね。どっちが赤ちゃんかわからなくて笑っちゃったなあ」
アリアが生まれた日ガイアは休みをもらえてアイシャに一日中付き添った。アイシャよりも緊張していて、その様子がなんだかとてもおかしくてアイシャは笑ってしまった。
アイシャが分娩室に入ったときガイアは気が気じゃなかった。心配性ですぐにネガティブに考えてしまう癖がこの日は本当に厄介に感じた。アイシャに何かあったらどうしよう、無事に赤ちゃんが生まれてこれるのか、と色々不安に考えてしまっていた。
結果から言えば、全く問題なく無事に出産を終えた。
母子ともに健康でガイアはとても安心してアリアが生まれた瞬間号泣したのだ。
アイシャはそれがなんだかとても嬉しく感じた。こんなにも自分を愛してくれる人に出会えてそして、結婚して子どもまで無事に生まれてきてくれた。幸せすぎて逆に不安になるほどだった。
「あ、あの日は、俺も不安で仕方なかったんだよ。安心したら泣きたくもなるさ」
「そうだね、私も嬉しくて泣いたもん」
「え?そうだったのか。全然気づかなかったよ」
「あんなに泣いてたら、気づかないよ」
懐かしむようにこれまでに合った思い出を笑顔で振り返る二人。
子育ての大変だったこと、嬉しかったこと色々な苦労や楽しい経験をしてきたねと笑い合う。
ほとんどアリアのことばかりで二人がどれほどアリアを大切に愛おしく思っていたのかがよくわかった。
そして、アイシャの瞳から段々と光が消えていく。
「ガイア……くん」
愛しの人が側にいるのかを確認するように名前を呼ぶアイシャ。
「ああ、俺はここにいるよ」
優しく声をかけ手をそっと握る。
もう体温は冷たくなっており生気を失いかけている。
「アリアと、もっと一緒に……いたかった……。あの子の成長を、一番近くで……見守りたかった。………愛してるって………たくさん、言いたかった。……ガイア、くん。アリアを……私の分まで、たくさん愛してあげて……。」
「ああ、当然だ」
アイシャの涙が頬をつたる。
彼女は最期の力を振り絞って懸命に声を出す。
「ガイア、くん……貴方に会えて、結婚できて………本当によかった。………ガイア……くん……貴方を────」
「───────ずっと愛してる」
────────────────
ガイアはしばらくの間アイシャの亡骸を抱きしめて慟哭した。
側でキリヤが静かに見守っている。いつの間にかマキア王とサイノスもいなくなっていて、貧民街には無数の兵士の遺体とガイアとアイシャ、そして、キリヤだけが取り残されていた。
一体何時間泣き続けたのだろう。顔を上げると辺りは暗くなりはじめていた。
キリヤがガイアに近づいてシオンたちが自宅に戻ったことを告げる。
「………ありがとう、キリヤ」
「気にしないでぇ。おにーさんのことキリヤが勝手に気に入っただけだからぁ」
気まぐれだから気にするなとガイアに伝える。
「それでぇ?おにーさんこれからどうするのぉ?」
キリヤはガイアがこの後どうするのか気になった様子で質問してくる。
「俺は、アイシャを弔うつもりだ。その後でシオンさんの自宅を訪ようと思ってる」
「そうなのねぇ。……キリヤもおねーさんのお墓作るの手伝ってもいいかなぁ?」
「どうしてだ?」
なぜキリヤがアイシャの墓を掘るのを手伝うのか、ガイアは全く理解できない様子だった。
キリヤは不満気にぷくーっと頬を膨らませると答えた。
「だからぁ、何度も言ってるよねぇ。おにーさんを気に入ってるからだよぉ」
弔い場所は小屋の近くにすることに決め、すぐにアイシャを抱えて小屋に移動した。
キリヤに手伝ってもらいながらアイシャをなんとか弔うことができた。
穴を掘っているときにガイアはアイシャがどんな人だったのかをキリヤに聞かれて彼女の人となりを話した。
一通りアイシャのエピソードを聞いたキリヤは「いい人だったんだねぇ」と静かに呟いた。
二人でアイシャの墓碑の前で手を合わた。
「じゃあキリヤはお城に戻るねぇ。報酬をもらわなくちゃいけないからぁ。それとぉ、明日には
キリヤは帝国を出て旅をすることにしたらしい。ガイアが教えた『愛』を見つけるためだろう。
キリヤは「またねぇ」と言って去っていった。
一人アイシャの墓碑の前に残されたガイアは再び手を合わせて独り言を溢した。
「アイシャ、ごめんな。俺はお前の仇を取りたい。もちろんアリアのことは大切だ。……でも俺はアイシャの仇も取りたい。欲張りな夫でごめん。そっちに行ったときにたくさん叱ってくれ。」
ガイアは復讐の計画を練るためにすぐにシオンの自宅に向かった。
─────────────
「パパ!お帰りなさい!………あれ?ママは?」
シオンの自宅の玄関を開けると音に気づいたアリアが奥から走ってきてガイアの胸に飛び込んだ。そして、辺りをキョロキョロと見てアイシャがいないことを不思議に思って疑問を口にする。
いくらアリアと言えど傷だらけの身体には衝撃が強すぎる。が、ガイアはなんとか堪える。
「ガイアさん………お帰りなさい。……事情はあの少女から聞きました。……。とりあえずあがってください。すぐに傷の手当てをしましょう。」
シオンがゆっくりとした歩調でガイアたちに近づいてきてそう言葉をかけた。
シオンはアリアがいる手前泣くことができない。彼女の強い心持ちには敬意を払わざるを得ないだろう。アイシャの死を悲しんでいるのはガイアだけでないのだ。シオンもガイアと同じくらいアイシャを大事に思っていたし愛していた。幼馴染みで小さい頃から家族のように過ごし姉でもあり妹でもあるような存在だったアイシャを失って泣き崩れてもおかしくないはずだ。
「はい……。ありがとうございます。」
「ねえ、ママは?……ママはどこにいるの?」
アリアはガイアの服を引っ張って再び質問をする。その目には不安が見て取れた。
ガイアはアリアをそっと下ろすと目の前にしゃがみこんで目線を合わせる。そして─────
「ママは、王様から逃げるために遠くに行ったんだ。………もう、アリアとは会えないかもしれない。」
────嘘をついた。
会えないかもしれない……と濁したのは、ガイアに言い切る勇気がなかったからだ。アリアのなかで、まだ会えるかもしれないと少しの希望を持たせて心の支えにしようとしたのだ。ガイアは自分の最低な行動に嫌気が差した。娘に叶うはずのない希望を抱かせて心が壊れないようにしたことに酷い罪悪感を覚えた。
「……ママ遠くに行っちゃったの?」
「ああ」
「アリアとパパを置いて行ったの?」
「───ッ!……アリア、それは違うよ。ママはな仕方なく俺たちを置いて行ったんだ。俺たちに迷惑をかけたくないって」
アリアの目に段々大粒の涙が浮かんでくる。
「ママは………アリアのことキライになったの?」
ガイアが一番聞きたくなかったし言わせたくなかった言葉だ。アイシャがアリアを嫌いになることなんて万が一いや、億が一にもあり得ない。しかし、アリアからしたら何の説明もなく突然消えたら嫌われたのかを疑いたくもなるだろう。
「アリアちゃん……アイシャはアリアちゃんのことを嫌ったりなんてしていません。」
と、口を開いたのは静かに見守っていたシオンだった。その目からは一筋の涙がつたっている。
「アイシャは、どんなときもアリアちゃんのことを一番に考えていました。二人でお買い物に行ったときも自分の服ではなくアリアちゃんの服ばかり選んで、食事の献立もそうです。アリアちゃんが美味しく食べられるようにたくさん考えていました。………そんなアイシャがアリアちゃんを嫌うだなんて、あり得ません。アイシャの愛情をたくさん受けてきたアリアちゃんが一番わかるはずです。だから、そんなこと言わないで……アリアちゃん」
シオンが……あのシオンが初めてアリアを叱った。抑えきれなくなった涙を流し、口に手を当て静かに泣いている。
シオンはガイアが知らないアイシャの顔を見てきたのだ。アリアに似合う服はどっちだろうと腕を組んで真剣に悩むアイシャの顔を、どうやったら美味しく食べてくれるかなと鼻歌交じりに楽しそうに料理をするアイシャの顔を。シオンはアリアに目一杯愛情を注ぐ彼女を近くで見てきたのだ。
「ママぁ……ごめんなざい。キライになっだのっで言ってごめんなざい。」
ガイアは優しくアリアを胸に抱きしめる。静かに背中を擦り呼吸を落ち着かせる。
しばらく泣いたアリアは泣き疲れて眠ってしまった。
シオンはアリアを抱き抱えて寝室のベッドに寝かせるとすぐにガイアの手当てを始めた。
「そう……ですか。しっかり弔えたのならよかったです。後で私も行きます。アイシャに言葉をかけたいですから」
アイシャを弔ったことをシオンに伝える。
シオンは後で行くために小屋の場所をガイアに聞いた。
「それで、ここからは俺の個人的な恨みで動くことになるのですが………。俺はマキア王を王の座から引きずり下ろそうと考えています。」
つまりガイアは反乱軍を率いてマキア王と戦争をしようと考えているのだ。
シオンは息を飲んだ。ガイアの目は冗談を言っているようには見えない本気の目だった。
しかし、シオンは自分でも驚くほどスッと言葉が出た。
「私もその計画に参加させてください。」
ガイアは内心こうなることを予想していた。
こうなることを予想してシオンに計画を話したようなものだからだ。妻の幼馴染みを巻き込む自分の愚かさに強い罪悪感を覚える。
ただ、ガイアはシオンを前線に立たせることは絶対にさせないと心に決める。そこまで落ちぶれてしまってはアイシャに顔向けができないからだ。線引きは徹底する。
「……ありがとうシオンさん。ただし、シオンさんは前線には立たせられない。裏での仕事をお願いします。」
「お言葉ですが、私が前線にいた方が戦況を有利に進められると思いますよ?」
シオンの意見は間違っていない。彼女が前線にいれば格段に戦闘が有利になる。だが、もしものことがあっては困るのだ。だから絶対にガイアは折れない。卑怯だと思うがこの手を使う。
「シオンさんにもしものことがあったら、アリアが悲しむから。」
「………ずるいですね。私の大好きなアリアちゃんを理由にするなんて」
シオンは不満顔だが、渋々納得した。
そして、ガイアは反乱軍の兵を集めるために動くことを伝え、その間アリアをシオンに見てもらうことにした。
「シオンさんの自宅はマキア王に知られているので、襲われる可能性があります。なので、まだ存在を知られていない貧民街の小屋を拠点にしましょう。」
念には念を入れて活動の拠点もできるだけマキア王に知られない場所にする。
シオンには申し訳ないが無理を承知でお願いする。
「そうですね。そうした方が色々と都合がいいはずですから」
状況を理解して躊躇うことなく承諾するシオン。早速準備を開始して翌朝、貧民街に向けて出発した。
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