第9話別れ
「───そろそろ殺すねぇ?」
キリヤは体勢を低く一気にガイアに接近して短剣を振る。キリヤの言葉に一瞬気を取られたガイアはキリヤの攻撃への反応が遅れた。
「───ッ!!」
後ろに飛び退くが回避しきれず横薙ぎに払われた短剣がガイアの腹部を切り裂く。キリヤの顔に返り血が飛び、彼女が微笑む。
「ごめんねぇ、おにーさん。今は王サマに仕えているからぁ、おにーさんを殺さなくちゃいけないのぉ」
「……ッ!そうかよ。じゃあ俺も死なないようにしないとな」
体勢を立て直すとガイアは守りに徹する構えをとりキリヤをしっかりと見据える。
「守りに徹しても無駄だよぉ。キリヤのスピードについてこれないんだからぁ」
そう言って短剣を握り直すとキリヤは─────消えた。
─────────────
「『ファイアーボール』!!」
マキア王を助け起こしたサイノスがアイシャたちをめがけて魔法を放つ。
「『ウォーターボール』!」
シオンの魔法がそれを相殺する。
火属性魔法を得意とするサイノスにとって水属性魔法を扱うシオンはどうにもやりづらい相手なのだ。
「よりにもよって水魔法ですか。少々やりづらいですね。」
不満を溢すサイノスにシオンは内心ホッとしていた。
もし、サイノスが雷属性魔法を得意としていたらシオンにはなす術がなかったからだ。
不幸中の幸いとは正にこの事だ。そう思い一気に走り抜ける。
「『エアカッター』!」
無数の風の刃が高速でアイシャたちに迫る。
シオンは一瞬驚いて反応が遅れるがなんとか魔法を唱える。
「──『ウォーターウォール』!」
水の壁が抉られながらも刃の到達を防ぐ。
「やはり火属性魔法だけではないのですね……」
「当たり前です。伊達に帝国一の魔導師を名乗ってはいませんよ。」
向かい合う二人。張り詰めた空気の中で互いに睨み合う。
魔導師同士の戦いで勝敗を分ける要因は大きく分けて二つある。
一つは、魔法の相性だ。
魔法は火、水、雷、地、風の五属性と
光属性と闇属性の二属性の計、七属性が存在する。相性は右に弱く、左に強い。光と闇は互いに弱点である。詳しく説明すると他にも色々あるのだが、一般的に知られる魔法相性はこんなところだ。
この相性を理解していることが魔導師には必須である。
二つ目は、魔力量である。
どんなに魔法の相性が良くても魔力量が少なくては相手の魔法を防ぐことができず敗れてしまう。魔力量は一般的に遺伝で決められていると言われているが未だに正確なことは解明されていない。
この二つをどこまで意識して戦えるかが勝利へのカギとなる。
「『ウォーターボール』」
先制を取ったのは帝国一の水属性魔導師シオンだ。落ち着いた声音で初級魔法を唱え無数の水弾を撃ち込み牽制を入れサイノスの出方を窺う。
「『セディメントウォール』」
サイノスは地属性の初級魔法を唱えシオンの攻撃を防ぐ。
一般的に攻撃を防ぐには魔法障壁を張るのがセオリーであるが初級魔法のほうが魔力消費を少なく済むので余裕があるときは初級魔法で防ぐことが多い。
「初級魔法でその威力ですか。……あなた、もしかしてシオン・トマスティアではありませんか?」
「……あなたに教える筋合いはありません」
強気で答えるシオン。目にかかった髪の毛の間からサイノスを睨む。
「おや、そうですか。なら、あなたを拘束してからゆっくり聞くとしましょう。」
「そんなことは一生訪れないので諦めてください。」
と、同時に手を突き出し魔法の詠唱を始める。
「……シオンお姉ちゃん、かっこいいね」
「そうだね。シオンは帝国一強い魔導師なんだよ」
シオンに憧れの眼差しを向け感嘆するアリアにアイシャは少し話を盛って伝える。
「えー!すごいね!パパとどっちが強いかなあ」
純粋なアリアの興味にアイシャは「どっちだろうね」と苦笑いを浮かべてこまかした。
「後で比べよう」と恐ろしいことを言っていたが、聞かなかったことにした。
そこでふとアイシャは少し離れた所で戦っているであろうガイアを見てハッと息をのむ。
なんとガイアが全身傷だらけで地面に伏しているのだ。そのそばには褐色の少女とマキア王が────
アイシャはアリアにシオンの側を絶対に離れないように言ってすぐにガイアのもとに走った。
「ママ!」
その声にシオンはアイシャが離れていくのに気づいて彼女を呼ぶ。
「アイシャ!ダメです!戻ってください!」
しかし、サイノスとの戦闘では他に意識を割く余裕がなくアイシャを連れ戻すことができなかった。
「余所見をしている余裕はないですよ?」
「黙ってください。そんなことはわかっています。」
─────────────
「おにーさん。そろそろ限界じゃないですかぁ?」
キリヤはボロボロのガイアの近くにしゃがみこんで見下ろしながら声をかけた。
「まだ、だ。……俺は、死ね……な、い。……やぐそく、した……から」
それを聞いてキリヤはニッコリ笑った。
「おにーさん。キリヤはおにーさんのことすごーく気に入ったのぉ。なので、最期の言葉をあのおねーさんに伝えてあげるねぇ。さあ、言い残す言葉をキリヤに教えてぇ?」
キリヤはガイアの遺言をアイシャに伝えてやると提案してきた。それは彼女なりの敬意の表れなのかもしれない。
「………」
「あれぇ?おにーさーん!まだ死んではダメだよぉ。キリヤに教えてからじゃないとぉ、あのおねーさんに伝えられないよぉ?」
キリヤはガイアの肩をゆらゆらと揺するが反応がない。
そこにマキア王がのしのしと豊かな贅肉を揺らしながら近づいてきた。
「キリヤよ、よくこの汚れた豚を虫の息にしてくれた。褒めて遣わす。最期は私がこの手で息の根を止めてやる。報酬は多めに支払おう。もう下がっていいぞ」
「王サマぁ、おにーさんの最期の言葉を聞くまで殺さないでくれませんかぁ?おねーさんにキリヤが伝えたいのでぇ」
「そんなものはいらぬ。この豚は私をこともあろうに侮辱したのだ。即刻殺さぬと私の気が収まらぬ。己の行いの報いを受けさせなくてはな」
キリヤのお願いに耳を貸さないマキア王は不満を口にして不機嫌そうにふんっと鼻を鳴らした。
「てめえが言うなよ……くそ、野郎」
ガイアは最後の力を振り絞って状態を起こす。意識は朦朧としていて、目の焦点は合っていない。今にも倒れそうにふらふらとしている。
キリヤは目を見開いて驚いている。
「てめえが……報いを、受けるんだよ」
「何の報いを受けるというのだ?この国は私の言うことが正しく、私がすることが正義なのだ。私が報いを受ける意味がわからないぞ?」
マキア王は自分を信じて疑わない様子だった。非人道的な行動をしているとは微塵も感じていなかった。気分で人を殺しても、女性を道端で犯しても、人の物を盗んでも、全てが正しくそして正義だとそう思っている。そんな目をしていた。
「てめえは、生きてちゃいけない人間だ。てめえなんかが生きているから国民が安心して暮らせない!貧民街だってそうだ!無駄に高い税金を徴収しなかったらここにいる人たちだってもっとまともな生活ができてんだよ!」
不満を爆発させて罵声浴びせる。肩で息をしてふらつきながらも視線はマキア王に集中している。
「………言いたいことはそれだけか?くだらないことでよくもまあそんなに怒れるものだな?……醜い豚め死ね!」
ガイアの最期の言葉は無惨にも切り捨てられ
マキア王は装飾が施された懐刀を抜くとガイアに振り下ろした。
ポタポタと血の滴る音が響く。
ガイアは目を見開いてその光景に驚愕する。
「────アイ、シャ……?」
マキア王の振り下ろした刃はアイシャの胸に深く突き刺さっていた。
アイシャはそのままガイアのほうに倒れる。
ガイアはボロボロの身体を無理やり動かし引きずってアイシャをすんでのところでしっかりと受け止めた。
「アイシャよ、なんと愚かなことを。……こんな死に損ないの豚のために命を無駄にするとは」
マキア王は当然のように自分の行為を正当化してアイシャが悪いかのように振る舞う。そのままやれやれと言ってサイノスの方へ歩いて言った。
「アイシャ!しっかりしろ!すぐに病院に連れていくからな!」
ガイアは必死にアイシャに話しかける。
「ガイア、くん……ア、リアは?」
ガイアはハッとしてアリアの方を見る。
アイシャのこんな状態をアリアには見せられない。
幸い、シオンとサイノスの戦闘で煙がひどくアリアがこちらに気づいた様子はない。
ただ、煙が消えた瞬間にアリアは確実にこちらの状況に気づいてしまう。
「おにーさん。キリヤにできることはあるぅ?お手伝いするよぉ」
キリヤが状況を察して声をかける。
彼女はガイアを殺そうとしていた。そんな彼女を信用してもいいものかガイアは悩んだ。それを察したキリヤは眉を下げてガイアに告げる。
「おにーさん。王サマとの契約はおねーさんを拘束するまでなのぉ。そのターゲットを王サマ自身が殺してしまったのだからもう王サマの命令に従うことはないのぉ。だからぁ、キリヤはおにーさんのことも娘ちゃんのことも攻撃しないよぉ」
マキア王との契約終了を説明してガイアの手助けをすると伝えるキリヤ。その目は嘘を言っているようには見えない。ガイアは藁にもすがる思いでキリヤに頼んだ。
「アリアが……娘がこっちを見ないようにしてくれないか。頼むキリヤ。」
キリヤはコクリと頷いて優しく微笑むと立ち上がって煙の中へ走っていった。
「ガイア、くん………。」
「アイシャ、喋ってはだめだ!傷が広がる」
「ガイア、くん。あなたなら、わかるでしょ?……私はもう……助からないって。」
ガイアは元冒険者だ。人の死だって何度も見ている。だから、アイシャの傷を見て助からないと気づかないはずがないのだ。そう納得できないのは彼女が死ぬことを受け入れたくないからだ。
「……だから、お願い。最期にお話させて………。」
「アイシャ…………わかったよ」
そう言うとアイシャは優しく微笑んだ。
─────────────
「煙がひどくて周りが見えない。アリアちゃん!私の側を離れてはダメですよ!」
煙に巻かれて視界が悪い状況でアリアとはぐれるのは避けようと声をあげる。
「うん!」
可愛らしい声で返事が返ってきたことに安心してすぐに警戒を強め奇襲に備える。
相手を見失っているのはお互い様のようでサイノスから魔法は飛んでこないようだった。
「あのぉ、ちょっとお時間いいですかぁ?」
近くでそんな気の抜けるような声がして、シオンは辺りを見渡す。するとすぐそこに褐色の少女がポツリと立っていた。
シオンはアリアを抱き上げその少女から距離を取る。
「ガイアさんは……どうしたんですか?」
この少女はガイアと戦っていたはずだ。ここにいると言うことは彼はもう────。
「おにーさんですかぁ?生きてますよぉ。まあ、生きてるのが不思議なくらい傷だらけですがねぇ」
とりあえず生きていることにホッとしたが。状態が最悪なようだった。すぐに助けに行きたいと思ったが今はできない。
「では、どうしてあなたがここに?」
ガイアが生きているのであれば彼女がここに来る意味がわからない。真意を確かめるべく単刀直入に聞く。
「あのぉ、実はおにーさんからお願いされてぇ、ここに来たんですよぉ。……あまり大きい声では言えない内容ですのでぇ、おねーさんの耳を貸してくれませんかぁ?おにーさんからは絶対に娘ちゃんに聞かせるなと言われてましてぇ」
シオンは訝る視線を少女に送る。見た感じでは嘘を言っているように思えないし殺気も全く感じない。
「安心していいですよぉ。キリヤはもう王サマとの契約は切れたのでぇ、もうおねーさんたちの敵ではありませんからぁ」
シオンは意を決して少女に近づく。彼女の背に合わせて身を屈めて耳を近づける───。
その内容を聞いてシオンは目を見開く。
「え………アイシャが。そんな、嘘でしょう?」
キリヤは嘘ではないと首を横に振る。
そして、ガイアの願いをシオンに伝える。
「そういうことですのでぇ、娘ちゃんと一旦遠くに行ってもらってもいいですかぁ?」
「わ、わかりました。では、ガイアさんには自宅に戻ると伝えてください。」
「わかりましたぁ。では、さようならぁ」
キリヤは煙の中へ消えていった。
シオンはさっき聞いたことが受け入れられずしばし呆然としていたが、ガイアとアイシャの思いを無駄にしないためアリアを抱えてすぐに自宅へ向けて移動を開始した。
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