第49話 意地悪

「サイラスはどうしているの? フロディーの件も含めて」


 手紙を封筒に戻しながら、ジェシーは話題を変えた。いつまでも悲しんでいると、セレナも、目の前にいるロニにも心配をかけてしまうからだ。


「相変わらず事態を最小限に収めてくれているよ」

「お茶会で亡くなった令嬢のことは?」


 まず気になったことから尋ねた。


「お父様には、フロディーではなく私の責任にしてほしい、と頼んだのだけれど」


 亡くなった令嬢はケニーズ伯爵家の傘下の家門であるため、ソマイア公爵が収めることができる立場でもあったからだ。


「ジェシーも相変わらずだね。恐らく、メザーロック公爵とソマイア公爵との間で、そんなやり取りがあったんだろう。すべてコルネリオに罪をなすり付けた形を取っていたよ」

「そうね。コルネリオが私を殺そうとして、起こった事件だったから、妥当と言えばそうなるけど」


 死人に口なしだった。


「ジェシーが気を揉む必要ないよ。ランベールのことも含めて、首謀者はコルネリオなんだから」

「セレナの手紙にも書いてあったわ。おこうで眠らされていたって。王子宮の者たちは?」

「魔法で操っていたらしい。最初の内は魔法で、切れた後はフロディーが上手いこと言って、誘導していたと言っていたよ」

「確か、側近の三人は魔法が使えないから。コルネリオが?」


 王族の血は、ゾド公爵家の血が流れているから、魔力よりも神聖力の方が出る割合が高い。だから、魔法が使えるとは思えなかった。


「いや、そこは魔術師を雇っていたんだよ。……ジェシーが襲撃された時、魔法を無効化されただろう。その魔導具を手配した者がいたはずだから」


 襲撃された件に触れた時、ロニは言い辛そうにしていた。だから、ジェシーはすぐに別のことを口にした。


「コルネリオのことは、なんて公表したの?」


 そのまま王のご落胤らくいんと公表したのだろうか。それとも、ルメイル侯爵家の者として罰したのか。


「王が自分の子だと公表したよ。これ以上、ルメイル侯爵家に迷惑を掛けたくなかったんだと思う。だから、コルネリオの名も、ルメイル姓ではなく、ゴンドベザー姓として告げられていた」

「第二王子として?」

「うん。コルネリオ・イグ・ゴンドベザーとね」


 何と言う皮肉だろうか。死して、第二王子として扱うなんて。亡くなって初めて継承権を得られても、誰も喜ばない。残るのは、王の失態と第二王子の罪だけ。


「回帰したって、何も良くならないじゃない」


 コルネリオは死に、セレナは修道女になって、一生教会から出られない。


「ジェシーは?」

「え?」

「ジェシーは良くないことだらけだった?」


 ロニの問いに、すぐに言葉が出なかった。回帰した直後は、国外追放を望み。その願いはもう叶わない。フロディーの罪を肩代わりすることで、望みを叶えようとしたが、成し得なかった。


 しかし、回帰前と比較して、変わったことはそれだけだっただろうか。いや、一つだけ違う。


「ううん。ロニの気持ちを知ったことは良かったわ。あのままは流石に……」


 申し訳なさ過ぎて、ジェシーは俯いた。


「そのことでロニに提案があるの」

「何?」


 少し弾んだ声に、ジェシーは顔を上げられなかった。


「別の方と結婚して欲しいの」

「何で?」

「セレナがあぁなった原因は私にもあるから。そんな私が、結婚して幸せになる資格はないのよ」

「本気でそう思ってる?」

「だって!」


 だってそうじゃない! セレナが私を殺そうとしたのが、その証拠じゃない!


 ジェシーは顔を上げて訴えかけようとした。が、できなかった。


「っ!」


 いつの間にかロニの顔が近くにあり、キスされた。頭と腰を掴まれ、引き離せなかった。せめて、と肩を押すが、逆に押されて背もたれがしなった。


「はぁはぁ……っ、や、やめて……」


 ようやく唇が離れ、抵抗の言葉を口にするが、ロニの目線はジェシーに向けられていなかった。


 一体、何処を? と視線を追うと、そこにはメイドたちの姿があった。


「ちょっ、ロニ離れて!」


 真っ赤な顔をしてメイドたちが逃げていく。それと同じくらいジェシーの顔も赤くなっていた。しかしロニは構うことなく、再びジェシーにキスをする。先ほどと同じ長いキスを。


「これでも、俺に他の令嬢を勧めるの?」


 今度は体ごと離れてくれたが、意地悪な顔をジェシーに向ける。


「それで、わざとメイドたちに見せたというの!?」

「うん。首都じゃないのが残念だよ」


 首都にある邸宅だったら、お父様やお母様の目や耳に入っていたところだ。いや、ここでも、時間の問題だろう。


 これで、ロニが私以外の令嬢と婚約したらどうなるか。私だけではなく、ロニの名にも傷がつく。そんなことを一番嫌がるのが私だと分かっていてやったのだ。


 ジェシーは立ち上がって、ロニを睨んだ。


「そんな顔をしないで。悪かったよ。でも、ジェシーがあんなことを言わなければ、こんなことはしなかった」


 ロニが一歩近づくが、ジェシーも一歩下がった。


「でも、俺だって怒っているんだよ。これでも、ジェシーが俺のことを本気で嫌いなら諦めるけど」


 そう言いながら、ロニは歩みを止めない。


「嫌いになった? 俺の横に他の令嬢がいてもいいの?」


 すると、ジェシーの足が止まった。


「それは……」

「嫌だよね。ジェシーは幼い頃から、ずっとそうだった。俺の傍を離れるのを嫌がってた」


 ジェシーが固まっていると、ロニが優しく抱き寄せた。


「捕まえた」

「意地悪」

「どっちが?」


 もうジェシーは抵抗しなかった。先ほど言った言葉が、あまりにも現実的ではなかったからだ。


 想像したのだ。ロニにエスコートされる自分以外の令嬢の姿を。自分以外の令嬢を抱き締める姿。優しく接するロニ。キスするロニの姿も、どれも嫌だった。


 泣きそうな気持ちを、抱き返すことで抑えるしかなかった。だが、ロニに引き離されてしまう。


「あっ」

「ごめん。お詫びに、いつか言っていたよね。俺がソマイア邸に来る時、どうして青い服を着て来るのかって。教えてあげるよ」


 そう言ってロニは、いきなりジェシーを抱き上げた。そして歩き出す。庭園に向かって。



 ***



 着いたのは、庭園内にある噴水だった。そこを中心に、丸く形作られた少し背の高い垣根。ジェシーはその下にあるベンチに座らされた。


「服の色が、庭園に何か関係があるの?」

「勿論。庭園を散策する時に、青い服の方が映えるし、ジェシーを引き立ててもくれる」

「なっ」

「あと、その方が俺を見つけ易いと思ったから」


 何て、仕様しようもない理由!


 あまりにも馬鹿馬鹿しい理由に、ジェシーがわなわなしていると、再びキスされた。


「それくらい好きなのに、あんなこと言われたら、怒るに決まってるだろう」

「……ごめんなさい」

「これを受け取ってくれたら許すよ」


 ロニは内ポケットから、小さな箱を取り出した。そして中の物を、ジェシーの左薬指に着ける。


「ロニ?」


 受け取るも何もこれは、とジェシーは戸惑った顔を向けた。しかし、ロニは意に介さず、ジェシーの左手を持ったまま跪いた。


「俺の傍にずっといて欲しい。だから二度と離れるなんて言わないで」

「言わないわ。私こそ、ロニが傍にいてくれないと困るもの」


 すると、左手を引っ張られ、そのままロニの方に倒れた。怖くはなかった。ロニがちゃんと受け止めてくれると信じていたから。

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巻き込まれた公爵令嬢は回帰前の生活に戻りたい!~犯人を捜していたら、恋のキューピットをしていた~ 有木珠乃 @Neighboring

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