最終話「超天才小説家の面倒事は誰が解決する?」

 パソコンを通じて、二次元と三次元の道が繋がってから……すでに半年が経過した。

 今は陽気な日差しが眠気を誘う春。そして咲き誇る、桜の花。


「雪くーん、綺麗だねぇ」


「キャンキャン!」


 こんなに綺麗な桜が咲いていたら雪くんと散歩でもしたくなるに決まっている。雪くんの模様と同じ色が地面にも空にも広がっていた。

 雪くんもこころなしか尻尾を振るスピードが早くなっている気がする。


「里奈。そんなにはしゃぐとまた息切れするぞ」


「いやそんなに体力ないわけじゃないから。雪くんと散歩したら体力戻ってきたから」


 そんな私と雪くんの二人っきりの時間を邪魔するのはお母さ……柊矢だ。

 まるで私を老人か何かだと思っているこの男。まだ介護されるような年じゃない! でもヒモにはなりたい!


「はぁー、とりあえず前見て歩かないと転ぶ。ほら」


「ん?」


 差し出された柊矢の手。高校の時と変わって、少し骨ばっているような気がする。大人の、男の人の手だった。

 え、私に差し出してるの? そんなにおばあちゃんだと思われてる?


「失礼では?」


「ちっがうわ! いいからほら」


 無理やり取られた手。私より全然大きくて熱い。ささくれたようなザラザラした感触に、私は慌てた。

 な、なんでこんなにドキドキするの? 発作!?


「い、いつからそんな女性ファーストを覚えるようになったの柊矢さん! 昔はハナタレだったのに!」


「誰がだよ! 本当にお前ってやつは!」


 ギャンと吠える柊矢。けどその耳は、桜色よりも濃い、赤色だった。


「キャン!」


 すると突然雪くんが私達の前を塞ぐようにぐるぐるする。可愛い、けど前に行けないね!


「雪くんどうしたの?」


「キャン!」


 柊矢の方をきっと睨んで、しゃがんだ私の前でお腹をくねくね……。


「ギャワイイ……ッッッ」


 これは両手でもふもふするしかない。なんて可愛さだ。主人公くんのBL講座のせいで荒れていた私の心を潤すような可愛さ。

 さっきまでの乙女思考は消え、私は雪くんの可愛さの虜になる。スハスハしていいですか? 先っちょ! 先っちょだけでいいんで! すぐ終わるから!


「優秀な番犬だな……」


「え? なにか言った柊矢?」


「いや……土とか付いてるかもだから今はやめておけ。吸うなら家でするんだ。あと、そのオヤジ臭いの直せ」


「で、でも!! こんなかわいい雪くんはいつでも見れるけど、桜の花びらで彩られた雪くんは今だけなんだよ!」


「来年もあるだろ」


 くっ、ならば今は写真だけで我慢するしかないか……。今度一眼レフカメラ買おう。

 予算算出する私。そしてなぜだかわからないけど柊矢と雪くんがにらみ合って何か牽制しているという奇妙な集団に、周りからの目が集まった。


「あっ、そうだ。今度は人の少ないところで花見をしよう? みんなも連れていきたいから」


 私は最近ノートパソコンにデータを移したおかげか、主人公君たちは私のノートパソコンからも出入りできるようになった。

 これなら、旅行とかもみんなでできるかもしれない。本当に、どんな原理で動いてるんだろこのシステム?


「いいかもな」


「でしょ? 柊矢も来るよね?」


「俺もちょうど休暇取りたいし、里奈だけじゃ不安だから行く。……それにあの黒幕とかいうやつがいたら危険だ」


「え?」


 後半あたりが聞こえない。なに言ってるの柊矢さん? と聞いてみたが、なんでもないと柊矢は先に歩いていく。

 絶対何でもなくはないけど、言わないってことはそこまで渡しに係ることではないのかもしれない。ほっとくか。


「楽しみだね、雪くん」


「キャン!」


 尻尾を高速で振る雪くんの頭を撫でて、先行く秋夜の後を追った。もう手を繋いで老人扱いはなくなったけど、それを少しだけ寂しいと思ったのはきっと散る桜のせい。


 ****


「これとかやばくない? エモくない? 特にこのカプの」


「貴様の趣味などどうでもいいわー!!」


「ふたりともうるさいよ! 雪くんの動画に音声はいるでしょうが!」


 と、まぁそんな空気も家に帰ればこんなもんで。家の中に入った瞬間聞こえてきた争う声に、柊矢が大きくため息を付いていた。

 せっかく世界で一番賢くて可愛い雪くんの足フキフキ動画に声入ったら台無しでしょうが!


「里奈の声も充分うるさいぞ」


「柊矢はシャラップ! これは私がニヤニヤするために撮ってるんだから喋らないで!」


「作者帰ってきたか! なら早く勉強をするぞ!」


「作者よ早くこの腐男子を止めろ! 性格でもなんでも塗り替えてしまえ!」


 帰宅した私に気づいた二人の声がさらに騒がしくなる。ドタドタという音も聞こえるからきっと二階からコッチに向かってるんだ!


「もう! こんな日ぐらい静かにできないのふたりとも!」


「作者が騒がしいならそれは無理だ! それよりも早く俺のBL小説書け!」


 何度も書いているけどこれは嫌だって言って廃棄している子はいったいどこのどいつだよ! もうネタないわ!


「大丈夫。作者ならできる!」


「その自信はどこから……とにかく厨二病くんに無理やりそういうネタふっかけるのやめなさい!」


 特に厨二病くんが顔真っ赤になるような濡れ場とか! 放送コードに引っかかるような下ネタをやめろ! 厨二病くんは童貞ピュアなんだぞ!


「そうだぞ! 貴様の推しカプなど何度聞いたと思っている!? 耳にタコができるわ! ……今作者、我のこと童貞だって言ったか?」


「まだ話足りないですがなにか?」


「「もう充分でしょうが!!」」


 ただでさえ騒がしかった我が家が、私が帰宅したことでさらに騒がしくなった。

 でもこれだけは譲れない。もうBLのネタが切れそうなんだよ! 私にはもうBLはかけない!


 と言っているのにこの子ときたら! どうしてこんなワガママなの? 二次元キャラだから!?


「だからね主人公君、いい加減に――」


「もうみんなうるさい!」


「そう、うるさ……今誰が言った?」


 子供のような声に、その場にいた全員が固まる。この場に子供なんていない。二次元の子なら来たらすぐに分かる。

 そっと、私は下を見る。いるのは、少し大きくなった。でも可愛さは健在な雪くん。その子が、私にひっついたまま。


「りなとぼくのじかんをうばわないでよ!」


 と、たしかに子供のものすご〜くかわいい声で言ったのだった。


「え、ゆ、雪くんが……喋ったーー!?」


 うっそ、うちの子天才? 喋ったんだけど! 私の名前呼んだんですけど! 動画撮り忘れてた!

 そして喋った当の本人も自分が喋れることに気づいたのか、とても驚いたように目をまんまるにして私を見上げる。その可愛さ百点満点。


「ぼ、ぼくしゃべれてる……りな、こわい?」


「雪くんの一体どこに怖さなんてあるの。たとえ喋れても雪くんが私の天使であることに変わりないよ可愛いい!!!」


 喋れたら怖がられると思っていたらしい雪くん。怖さなんてどこにあるっていうんだい。むしろ嬉しすぎて涙が出てくるよ!


「あのね、あのねりな。ぼくすっっごくいいたいことがあるの」


「え、言いたいこと? どうしたの?」


「えっとね」


 体をくねくねさせて、私を上目遣いで見る雪くん。その破壊力をぜひとも皆さん想像してほしい。可愛さで死ねる。

 しかも喋れるんだよ? これはもう、天国ってことでいいんじゃないかな?


 そうしてもじもじする雪くんをだらしのない顔で待てば、突然小さな子犬が私の足に抱きついた。


 そして――。


「えっとね、ぼく、りながね、だいすき!」


「ぐっ!!」


 違った、天国よりも上のものがあった。これが天国なんて生ぬるかった。我が生涯に一片の悔い無し。


「さ、作者〜〜〜!! 死んでやがる!」


「かなり満足げな顔だな。一片の悔いもないって顔だ」


「言っている場合か!? おい里奈! しっかりしろ!」


 うちの子がこんなに可愛くなって、本当にどうするのか。桜が舞い散る今日この日、私はそんなことを思って天国に旅立ったのだった。


 ****


 小説家とは一体何なのか?

 そう質問してくる者は意外と多い。

 自分たちの周りで小説を書いているものがいないからという好奇心から来ているのだろう。しかし私はいつだって同じ答えだ。


 ――小説とは、未知の世界の創造だ。

 キャラという、主人公という可愛い我が子のために物語という名の世界を創作しそして生かし人生という名の道を作る。

 小説家というのは、ある意味世界の創造者……つまり神だと思っている。


 私はそんな神という目線に立ち、私の可愛いキャラたちのために身を粉にして小説を書く。


 小説家というのは、そういうものなのだ。



 ――と、思っていたのも今は昔の話。実際はこんなにも騒がしくて、ぜんぜん作者の言うことを聞いてくれない子のほうが多かった。

 神なんて程遠い。毎回手探りでなんとか答えを見つけていくばかり。

 しかも思っていたようなキャラじゃなくて、次元とかそんなのを通り越して人間臭い子ばかりだった。


「ほんと、想像と違ったなぁ」


「ん? 何の話だ?」


 でもこの日常がある限り、私は面倒事でも聞いて生きてみたい。

 人間臭くっても、たとえ面倒くさくて、たまに命の危機に陥りそうな事があっても。


「いや、ただね……これからもよろしくってこと」


「ふっ、なんだそれ。……俺も、よろしく」


 奇跡のようなこの日常。壊れるのも、本当にあっという間に違いない。

 これが神の気まぐれであれば、叶えてくれるのは神じゃない。今まで紡いでくれた、君たちなんだと思う。


「とりあえず、さぁ! このBL本を読んでさっさと勉強しろ! ネタは俺がくれてやる!」


「もういい加減休ませてよ!」


 この時間が終わるまで、もう少し君達と思い出を作りたい。こんなことを思う私の面倒事は、誰が解決してくれますか?

 でももし解決してくれるっていう人を選べるのなら、きっと私は――……。




 超天才小説家の面倒事は誰が解決する? 【完】



****


ご愛読ありがとうございました! またお会いしましょう!

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超天才小説家は今日も問題ごとを解決する。〜ハーレムなんて私は認めないんだからね!〜 姉御なむなむ先生 @itigo15nyannko25

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