第42話


仕事の関係上随分と時間が空きましたが、再開を致します。

不定期ではありますがのんびりと続けてまいりますので、気に入った方はこれからもお付き合い下されば嬉しいです。




兄と今日の予定


ブッブッブー


薫は小さな振動と音で目を覚ました。

テントを透かして外の明るさが眩しく感じる。

どうやら今日も天気は良い様だ。

シュラフのチャックを開けムックリと身体を起こすと両手を上げ大きく伸びをする。

「クワァ〜」

と同時に大きな欠伸が一つ。

目を覚ましたもののまだ眠気が残る。

再びシュラフに潜り込みたい衝動に駆られながら、目を覚ました原因を手に取る。

北海道ツーリングに出掛ける際に持たされた携帯電話だ。

折り畳み式の携帯を開いて小さな画面を覗き込むと、メールの着信を知らせる小さな表示が有った。

使い慣れない携帯を弄りメールを開くと発信者は兄だった。

出掛けに買わされた携帯には家族の情報しか入っていないから当然なのだが。


[お前、行ったきり碌に連絡しないで!結構台風行ってるけど大丈夫か?]


短く簡潔な兄らしい文面。

確かに億劫がって家族に連絡をしていなかった。

携帯に慣れていないのもあるが、存在を忘れがちなのだ。

頻繁に充電しないで良いように殆ど電源を落としている所為でもある。

「まぁ、朝早いし、メールだけ返しとくかなぁ。」

考えつつ小さなボタンを操作し辿々しく文字を打ち込む。


[前の台風で呼人浦キャンプ場が沈んだから礼文島に来てる。]


「ヨシ!送信っと!」

慣れない携帯を辿々しく操作してぶっきらぼうで短く返信を返し、パタンと携帯を閉じシュラフの上にゴロリと寝転がった。

兄は薫以上のバイク好きで北海道も何度も来ているベテランだ。

一般人には?な地名も理解出来るだろう。


まだ少し眠いが、確か時刻は午前8時を回っていた。

今さっきの携帯の表示を思い出す。

ズルズルと這いずりテントのファスナーを小さく開けて頭だけ外に出すと、昨日より若干雲の多い青空が木々の間から広がっていた。

ジェニスの言葉を信じるのなら、天気が荒れるのは今晩から。この青空もいつまで見れるかは不明だが、次第に曇っていくのは確実だ。

「早めに行った方が良いだろうなぁ。」

薫が目指す澄海(すかい)岬は天候でガラリと景色が変わるらしい。

日差しを浴びた澄海岬から見る海はそれは見事なのだと言う。

「あの岬までどの位歩くのかわからないし、…早めに行こうかなぁ。」

薫の言う『あの岬』とは澄海岬の程近くにある岬だ。

先日見た太郎の写真にあった岬は、薫の記憶と同様険しく大きく雄大に見えた。

太郎が以前、例の愛とロマンの8時間コースを歩いた時に、澄海岬近辺で見たはずだと言う。

だが、太郎自身がその岬を忘れていて、どれ程歩くのかは不明だ。

薫自身、澄海岬も見たいがあの岬の方が気になっていた。依って多少曇っていようが嵐にでもならない限り、セットで観光に行く事は決定なのだ。


薫は着替えると朝食の準備を始める。

昨日から浸していた鍋に入った米を火に掛けると荷物の中から卵と魚肉ソーセージを取り出し、ソーセージの一本を適当に薄切りに、もう一本を粗微塵にしていく。

本日の朝食は魚肉ソーセージを使ったなんちゃってハムエッグだ。

準備は出来たが、実際に焼くのは米が炊けてから。

バーナーが一つしかない薫には順番に調理していくしかない。

十数分後、炊けた鍋を下ろし小さなフライパンに少しの油と微塵切りソーセージを放り込む。

少し焼き目が入ったところへ卵を2つ割り入れ、箸で黄身を突いてかき混ぜる。

薫はユルユルの軟らかいスクランブルエッグが好みなのだが、今回は弁当のおにぎりにする為に硬めだ。

塩胡椒と焼肉のタレで濃いめの味付けをすると、大きめのシェラカップにラップを乗せ熱々のご飯を盛る。

真ん中にスクランブルエッグを置いてご飯で埋めると、ラップごと持ち上げて軽めに握る。

「熱っちぃ!熱っちぃ!」

炊き立てご飯が熱過ぎる。

同じ事を繰り返し大きめの握飯が2つ出来上がった。昼食用の弁当の完成だ。


続けてフライパンに薄切りソーセージを投入する。

片側に焼き目が付いたら裏返し、すぐに卵を3つ割り入れた。

卵は10個パックしか売っていなかった為、島に滞在中に使い切るように大盤振る舞いだ。

水を少量入れバチバチと景気の良い音に蓋をする。

暫くすると爆ぜる音が軽くなった。

蓋を開け少なくなった水分を飛ばしてバーナーの火を消し、シェラカップにご飯を盛り付ける。

これで朝食も出来上がった。


手早く朝食を済ませ出掛ける準備をする。

と言っても今回は山登りに向かうのではないので、前回利尻でやらかした軽装でのお出かけである。

準備を終えるとジャケットとヘルメットを手にFZの元へ向かった。


FZの右に立ち、自分の体に預けて傾ける。

FZは雨に当たるとアッパーカウルのインナーやエンジンの上、雨の量によってはプラグホールに雨水が溜まる。

今回は雨に降られてはいないがいつもの癖のようなものだ。


ヴィーン!ウカッカッカッ


いつも通りにキーを入れ捻るとフェールポンプの小気味良い音がする。チョークを引きニュートラルランプを確認するとセルを回した。


キュキュッ!ヴォン。ヴォー!


FZは今日も元気に心臓を回し始めた。

少しの暖機の後チョークを戻すと、


ヴォヴォヴォヴォ。


高かった回転数が1000程で安定し乾いたエンジン音を響かせた。


ヴォン!ヴォン!


少し空ぶかしすると心地好い重低音と、クイックイッと動くタコメーターが今日のFZの調子を教えてくれる。

寒空の中置いておいたFZの御機嫌は悪くない様だ。


薫はジャケットとヘルメット、最後にグローブを身に付けると、FZを引き押し方向転換させた。

素早く跨りクラッチを握るとギアを1速に入れる。

重めの油圧クラッチもいつも通りの感触だ。

FZをゆっくり発進させ砂利道を抜けると2速に入れる。


一路北へ向かう薫の後をFZのエンジン音が響き渡った。

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北海道のどこが好き? @kon_s

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