第26話 キャンプといえば
キャンプといえばカレー。
しかしそもそもキャンプに来ることが少ない僕としては、キャンプ飯としてのカレーを作る経験は浅い。なにかキャンプならではのコツとかあるのだろうか。
「的場、なんかコツとか知ってる?」
「俺が知るわけがない」
そうだった。的場はカレー好きなくせに自分では絶対にカレーを作らないという謎の戒律を守っているのだ。
「普通に作るか……」
キャンプだからとか余計なことは考えず、普通に作ることにする。余計なことをするのは失敗の元だ。
「前から疑問に思ってたけど、的場ってなんで自分でカレー作らないの」
野菜を炒めながら、僕は以前からの疑問をぶつけた。
料理ができないというわけでもない。面倒だというならそれまでだが、カレー好きなら多少の面倒は気にならないはずだ。
「坊さんが仏像作るか?」
「ああ」
的場のカレー好きもなかなかに極まっている。
「え、どゆこと? ななみん分かった?」
「わかりません」
傍らで僕たちの話を聞いていた妹と忍野さんの頭にはてなが浮かんでいる。てか、いつの間にか妹が忍野さんを愛称で呼び始めて忍野さんも当たり前に反応している。
「的場のカレー好きは最早信仰の域まで達しているってこと」
「さよう」
合掌する的場。ちょっとひいてる妹と忍野さん。
「まあめんどくさいしな」
「なんだよ。カレー好きが聞いて呆れるぞ」
「俺がカレーを作り出したらいよいよのめり込んで新興宗教を興してしまうかもしれん」
「的場さんは凝り性なのね」
的場の異常性を垣間見てひきかけた妹だったが凝り性ということで片付けることにしたらしい。それで良いのか妹よ。恋は盲目。
野菜に火が通ってきたところで、水を入れる。
「あ! そういえばお肉はどうするんですか」
忍野さんが一大事と言わんばかりに声を上げる。
「そういえば、肉はバーベキューで全部焼いちゃったな」
「ですよね! 的場さん! お肉がないカレーなんて……」
頭を抱える忍野さん。そんなにショックを受けんでも。
「大丈夫だ、忍野さん。落ち着いて僕の話を聞いてほしい」
「大丈夫よ、ななみん。落ち着いて、暴れないで、話せばわかる」
「なんなんですか! 兄妹そろって! 私を怪獣かなにかだと思ってるんですか!?」
カレーに肉が入っていなくてキャンプ場を灰燼に帰す魔獣忍野。
「ちゃんとクーラーボックスにサルベージしといた」
こんなこともあろうかと、というか的場が調子に乗ってほいほい肉を焼くのをみてカレー用の肉を何串かとっておいたのだ。
「さすがです! 先輩!」
19世紀のイギリスでは中流階級の間で冷めた肉を美味しく食べる工夫としてカレーが採用されていたという。伝統的ライフハック。
「そろそろルウを入れてもいいかな」
スーパーで買ってあったルウを砕いて入れる。
「先輩、これも入れますね」
「お、ありがとう……ちょっと待った!」
あまりにも自然な流れで忍野さんが投入しようとするので許しかけたが、すんでのところで阻止する。忍野さんは謎の粉末を手にしていた。
「なんだそれは?」
「隠し味です」
「僕には風邪薬にしか見えない」
「風邪薬じゃなくて胃薬です。では……」
僕は咄嗟に鍋をずらした。
「ああ!」
胃薬は火に飲まれた。
「なにするんですか先輩!」
「それはこっちのセリフ!」
「知らないんですか先輩? カレーには胃薬を入れると良いって」
「そんなわけないだろ」
「本当です。物の本で読みました」
「なにかの間違いだ」
「本で東大の偉い先生が言ってたんです!」
「まじで?」
権威には弱い僕であった。
「ほら見てください」
忍野さんはスマホの画面を見せてきた。物の本って電子書籍かよ。別に電子書籍を卑下するわけじゃないが、「物の本」は紙であってほしい。
「このコマ」
「漫画かよ! 漫画を物の本とか言うな」
「でもとても有名なグルメ漫画ですよ?」
確かに、忍野さんが見せてきたのはたぶん日本で一番有名なグルメ漫画の一コマだった。
「ここに描かれている人は東大のとある東洋史学の先生がモデルなんです」
「ふーん」
「で、この先生はカレーに胃薬をかけて食べるって」
「……ちょっと気になるな」
僕はカレーをかき混ぜながら、忍野さんのスマホを借りて漫画を読ませてもらった。
カレーで料理勝負をすることになった主人公たちが、インドに行くことになり(?)インド学の権威に話を聞きにいく(?)というグルメ漫画定番の(?)展開らしい。
そこでスパイスの中には漢方薬に使われるものもある、という流れでそのインド学の教授はカレーを食べていて物足りなかったら漢方胃薬をかけて食べるというのだが。
「東大ギャグだろこれは」
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