第24話 湯けむり
ギャーギャー喚く妹をなだめ、僕は二人のもとに戻った。
「あー改めて、妹の瑞希。なんか看護師とかしてるらしい。よろしく」
「なんなのその雑な紹介!?」
ブーブー言っている妹に僕はテキトーにこれでも食ってろと串を渡す。
「え、うま、やば」
「語彙の乏しいやつだな」
「君も似たようなもんだったろ」
的場は無視して僕も肉を食べる。やっぱりうまい。
「瑞希さん、お野菜も美味しいですよ」
「あ、ありがとう七海ちゃん」
忍野さんは妹に野菜の串を渡しながら言った。
「見てくださいこの星型の人参。的場さんが切ってくれたんですよ!」
「え、まじ? 的場さん素敵!!天才!!」
ぶつくさ言っていたが妹は僕とは違ってそれなりに社会性の高いやつだ。忍野さんとも問題なくやってくれるだろう。
* * *
バーベキューを楽しんだ僕たちは、サッカーをしたりバドミントンをして遊んだ。
高原は9月にしては涼しかったが、それでも少し汗をかいた。
「ひとっ風呂浴びてくるか」
「風呂があるのか?」
「ここから車で10分くらい行ったところに温泉がある」
的場の提案で、僕たちは温泉に行くことにした。
* * *
キャンプ場から市街地の方へ下って10分ほど、的場の言う温泉があった。
そこは平屋のこじんまりとした日帰り温泉だった。
男女に別れて入浴する。
「いやあ二人で風呂に来るのも久しぶりだなあ」
「そうだな」
僕が的場の下宿に遊びに行くときには決まって泊まることになり、一緒に銭湯に行くというのが恒例だった。
しかし今年、的場は司法試験ということで、僕も多少遠慮して長居するのは控えていたので裸の付き合いは結構久しぶりのことになる。
「どうなんだよ司法試験は?」
湯船に浸かりながら、僕は尋ねた。
「受かったよ」
「は?」
「先週結果が出た」
「言えよ!!」
僕は思わず立ち上がった。
「うるさいぞ、他のお客さんに迷惑だ」
「急に的場がまともな人間に見えてきた」
湯船に座り込む。
「なんか司法試験は何年もかけて受かるもんだと思ってた」
「いや、司法試験は一年目が一番合格率が高いんだぞ」
「え、そうなの?」
知らなかった。
「黙ってたのは悪かった。でもまずは親にちゃんと報告してから他の人に伝えようと思ってたんだ」
「……そういうことなら許す」
むしろそれが筋かもしれない。
「たしか、司法試験に受かったら研修みたいなのがあるんだっけ」
「そう、12月から一年の司法修習があって、最後の試験に受かったら晴れて俺も弁護士だ」
「12月からもう始まるのか、結構早いんだな」
「ああ、だから君とこうして遊べるのもあと少しだ」
「なんだよ急に気持ち悪いなあ」
僕はちょっと的場と距離をとる。
「別に就職したって会えなくなるわけじゃないだろ」
「しかし次会うときは法廷で、ということもあり得る」
「それは最悪だな!」
的場が遠くへ行ってしまった。そんな気がする。
だが去年、的場が法科大学院を修了した時点で、この一年というのは言ってみればアディショナルタイムだったのかもしれない。とっくに的場は前に進み始めていた。
僕を置いていくのか。
そんなことを言い出したらほんとに極まったホモソーシャルを形成することになってしまうので、口が裂けても言えない。
「まあ、おめでとう」
「ありがとう」
「法廷で会ったら手加減してくれよ」
「考えておこう」
そこからは互いに言葉はなく、どちらが言い出すでもなくのぼせる寸前で湯からあがった。
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