第22話 イグニッション
昼前、目的のキャンプ場についた。
「結構人がいますねー」
「最盛期は過ぎたはずだけどまだまだいるなあ」
一面の芝生に、いくつもテントが建てられている。
「おい、妹さんはまだ来てないのか」
「……昼過ぎそうだってさ。あいつなんの労働もせずバーベキューにありつくきだぞ」
「ちゃんと残しておかないといけませんね」
「全部食っちゃっていいですよ忍野さん」
「先輩? 前から思ってましたけど、私を食いしん坊キャラにしようとしてませんか?」
「忍野さんが隙を見せるからだよ」
ちょっとむくれる忍野さんから逃げるように、僕は火の準備を始めた。火起こしなら経験がある。
的場と忍野さんにはテントを張ってもらう。慣れている的場に任せたほうが早い。終わり次第バーベキューの食材の準備をしてもらうことにした。
「さて」
火起こしといっても炭も着火剤も買ってあるのでそんなに大変な作業ではない。
車からグリルを降ろして組み立てる。的場の家ではたまに庭でバーベキューをやっていたらしい。結構家族仲は良好なようだ。正直羨ましい。
別に僕も家族と険悪な関係というわけではない。妹とは今でも仲良く喧嘩できる。それもどうなんだ、という気もするが、口もきかない兄妹なんて世の中には五万といるだろうから良好な関係と言っていいだろう。
しかし両親に対して思うところ、というかなんとなく気まずいものを感じるのは確かだ。いつまでも大学にしがみつき、スネを齧りつくそうとしている。何か大義があって、大学に残り続けているならともかく、僕はなんの研究成果も上げていない。
両親はことあるごとに帰ってこいという。それは別に大学を辞めろとか、そういう圧力をかけようという意図がないのはわかっている。せめて顔くらいみせろ、という親心なのは承知している。だが僕は何かと理由をつけて、しばらく実家には帰っていない。実家に次帰るのは、大学で何を成し遂げることもなく、ただ無為に学費を浪費させたことを両親に詫びるときなのではないか、そんなふうに思っている。あなたたちの息子は無能でした、そんな報告をするのが忍びなくて、帰れなくなっている。
なかなか火が着かない。炭にジェル状の着火剤を塗りたくってライターで燃やす。それだけのことなのに、何故か炭は燃えてくれない。こんなことも僕はできないのか。
「おーい、何やってんだ」
「的場」
気づくと炊事場に行ったはずの的場がいた。
「もしやと思って見にきてみれば……ジェルタイプの着火剤で失敗してるやつ初めて見た。天才か?」
「うっせ」
「ちょっと貸せよ」
的場にライターを渡すと手際よく炭に火をつけた。
「あとはいい感じに育てといて」
「今日は大活躍だな」
「今日も、な」
何だが今日は的場が別人に思える。普段はもっとこう、ムスッとしてるっていうか……。
「楽しそうだな的場」
「楽しむ気があるからな。おもしろきこともなき世をおもしろく」
「なんだって?」
「──すみなすものは心なりけり。ですよね」
いつの間にか忍野さんも近くにいた。
「的場さん、食器大体洗えました」
「お、早いね」
忍野さんは炊事場で食器を洗ってくれていたらしい。的場家から持ってきたアウトドア用の食器は少しホコリを被っていた。
的場と忍野さんは手分けしてバーベキューの準備をしていたようだ。
「私も野菜切るの手伝いますね」
「あ、待った! 野菜は俺が切る。忍野さんはここで火を見ててくれ!」
炊事場に戻ろうとする忍野さんを的場は焦るようにして引き止めると、僕に耳打ちした。
「忍野さんに包丁を握らすな。俺には何故彼女の手に指が10本揃っているのかわからん」
「え、そんなに?」
「そんなにだ! 見てられない!」
そう言い捨てて的場は炊事場に走っていった。
「的場さんはなんと……?」
「や、あの……キャンプでは火の番は二人でするのが鉄則なんだってさ」
「そうなんですかぁ。私知りませんでした」
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