第21話 いざ富士山麓

 キャンプ当日。中々日程調整がうまくいかず、結局9月の中旬の決行になった。


 僕は忍野さんと新大阪駅から新幹線に乗って浜松までやってきた。


 浜松には的場の実家がある。的場は一足先に実家に帰っていた。


 的場の家の車を借りて、富士宮市のキャンプ場に向かう。妹は現地集合することになっていた。


「キャンプするなら富士山麓だろ」


 意外にも的場はキャンプに行くタイプの家庭の出身であった。


 世の中にはキャンプに行くタイプの家庭と行かないタイプの家庭があって僕は後者の出身である。


 的場にキャンプの心得があるのは正直助かった。それにテントやバーベキューセットも的場家に揃っていたのは大きかった。おかげで現地で借りるのは女性陣のテント一張りで済む。


 道中のホームセンターで炭と小物を買った。着火剤を買おうとする的場に対して、忍野さんは、「え、木と木を擦り合わせて火を起こすんじゃないんですか!?」と本気で聞いていた。


 どうやら忍野さんもキャンプに行かないタイプの家庭の出身らしい。あるいはガチのサバイバルを想定していたのか。


 食材も調達した。昼はバーベキュー、夜はカレーということは事前に決めていた。


「肉はそんなにいらないぞ」


 僕が片っ端から肉を買おうとしたら的場に止められた。


「いや忍野さんは結構食うよ」

「ちょっと先輩!」

「そうじゃなくて家で仕込んできたスペアリブもあるから」

「的場先生!!」

「的場父さん!!」


 僕と忍野さんの中で的場の株価が高騰した。


* * *


「しかしまあ車まで出してもらって何から何まですまんな」

「ん、まあたまにはキャンプもいいものだ」


 車は市街地を抜け、富士山麓の高原地帯に来ていた。


 僕たちは途中寄った牧場でソフトクリームを買って食べていた。


「あと久しぶりに富士山を近くで拝みたかったしな」


 的場は富士山を見ながら言った。


 9月の中旬。空は秋晴れといった感じで青々とした富士山がよく見えた。


「でも西側からの富士山って初めて見たよ」

「私もです。ほぼ南側からの富士山しか見たことありませんでした」

「確かに富士山のイメージといえば南から見た図かもな」


 西側から見る富士山は、なんとなく持っていた富士山のイメージとは少し違うように思える。


「少し険しいような印象を受けるだろ」

「ああ、そうかも。なんかゴツゴツしてるっていうか……」

「大沢崩れのせいだろう」

「大沢崩れ?」

「谷だよ」


 的場はスマホで富士山を撮ると、指で示しながら説明してくれた。


「これが大沢崩れ」


 ちょうど富士山の真西を頂上近くから走る大きな谷、それを大沢崩れと呼ぶのだという。


 谷になっている部分に影が落ちていて、南側から見るのとは違った印象を受けるのだ。


「富士山っていうのは見る方角や季節によって表情が全然違う。俺は静岡出身で富士山を何度も見てきたけど、いつ見ても違う表情が見られるから飽きないよ」


 誇らしげに語る的場。


「富士山はいつも俺たちを見守ってくれている。俺たち静岡県民は富士山感謝しているから、富士山に足を向けて寝ないんだ」

「へえー! そうなんですね!」

「騙されるな忍野さん。それは流石に盛ってるぞ」


 もっともらしい顔で適当なことを言う男。それが的場だ。







 


 




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