第16話 ネオロマネスクの混ぜカレー

 目的のカレー屋が入っているビルは1920年代竣工の歴史ある建物だ。


 いわゆるネオロマネスク様式の装飾が施された入り口が存在感を放っている。


「大正浪漫ですね!」


 目を輝かせる忍野さん。大阪市内には結構この手の雰囲気がある建物が多い。


 中に入ると、ちょうど美術展が開かれていた。カレー屋の開店まで少し時間があったので見ていくことにした。


「うーん」


 展示された絵画を──絵画らしきなにかを、忍野さんは難しそうな顔をして見ている。


「わかるんですか、忍野さん」

「ええ、さっぱり」


 肯定なのか否定なのか。


「私、近代芸術は疎くて……カンディンスキーくらいしかわかりません。先輩は?」

「僕もそんな感じ」


 忍野さんはカンディンスキーくらいならわかるらしい。僕はカンディンスキーがなんなのかわからない。


 展示されているのは抽象画ばかりで何が描かれているのかチンプンカンプンだ。いや、抽象とは何か形あるものを描いているわけではないから、そこから何かを読み取ろうとすること自体が間違いなのかもしれない。考えるな、感じろ。


 しかし隣の忍野さんが熱心に一つの絵画を、右から見たり、左から見たり、しゃがんで見上げたりしているので、僕もなんだか一生懸命鑑賞しなければならない気がしてしまう。

 

 二人揃ってたっぷり眉間にしわを寄せていたら、作品を見終わる頃にはちょうどいい時間になっていた。


「そろそろ行きますか」

「はい、堪能しました」


 既に満足げな忍野さん。本番はこれからなのだが。


* * *


 その店はレトロな内装にアンティークな食器や置物が散りばめられた店内が特徴のカレー屋だ。


 カレー屋らしからぬ、と言うと失礼だが、敢えて言えばカレー屋離れしたお洒落さだと思う。いわゆる「映える」ってやつ。


 お洒落なだけが取り柄であれば、敢えて僕が忍野さんにおすすめするまでもない。提供するカレーもかなりクオリティが高い。


 店主が作るカレーは、和出汁を基調にしたスパイスカレーで鮮烈でセンセーショナルな一皿と評される。


 大阪といえばスパイスカレー、スパイスカレーといえばこの店だ。


 僕たちは窓際のテーブルに案内された。


「すごいですね先輩! 植民地時代のインドの宮殿みたいです!」

「そこは普通に洋風レトロでいいのでは?」

「インディ・ジョーンズで見ました」


 カレー屋という先入観が、忍野さんに妙な感想を抱かせているようだった。あとインディ・ジョーンズで描かれたインドはだいぶ偏っている。


「はい、メニュー」

「ありがとうございます。でも私は先輩と同じので大丈夫です」

「いいの?」

「はい! 私が選んでたら日が暮れてしまうので!」

「なるほど」


 そうなると責任重大。しかしこれは想定内。


「じゃあこの混ぜカレーで」


 僕は定番の混ぜカレーを2つ注文した。


「混ぜカレー?」

「まあ、来てのお楽しみってことで」


* * *


 セットのサラダを食べながら待っていると、メインのカレーが運ばれてきた。


「おおー!」


 忍野さんは大きく目を見開いていた。


 そのカレーは中心にライスが盛られ、その周囲に3種類のカレーとタンドリーチキンなどの付け合せが添えられている。


「先輩これはなんですか? こっちは? それは?」

「これはキーマ、こっちは何かのカレー、それはたぶんカレー」


 皿の上を彩るカレーらしき色々を、一つ一つ示して解説を求める忍野さんに対して、的確な返答をしながら、僕は混ぜカレーを食べた。


 3種類のカレーと様々な付け合せ。それらを好みで混ぜながら食べることで何種類もの味わいを楽しめる。それが混ぜカレーだ。


 一つ一つのセクションを楽しむのも良し。隣接するセクションを一度に楽しむも良し。別皿で運ばれてきたスープをかけてみても良し。


 そこには自由がある。それぞれ千差万別の混ぜカレーがある。


 しかしどんな食べ方をしても、最後には混ざり合って一つのカレーになってしまう。


 


 






 

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