第14話 梅田ラビリンス
阪急梅田駅。
阪急電鉄最大のターミナル駅である。
そしてその地下に広がる梅田地下街は度重なる増改築の結果、ラビリンスと化しており、その全貌を知るものはいないとされている。
梅田の地下は既に生命体と化し、無限に自己増殖を繰り返しているという説、梅田ガイア理論もまことしやかに囁かれている。
梅田ガイア理論では、戦後間もない頃、増殖の過程で分離し、地上と完全に分断された区画が発生した可能性が説かれている。
更には、その分断された区画で独自の文化圏が形成され、「梅田共和国」という政体が樹立したという話もある。梅田共和国は独自に発展を遂げており、いつの日か梅田の地下街と再接触するだろう。その時が大阪の終焉のときである。大阪で近年流行しているスパイスカレーは梅田共和国から持ち帰られた物であるともっぱらの噂だ。
以上は僕が初めて梅田駅を訪れたときに抱いた誇大妄想であるが、そんなことを思わせるくらい、梅田というのは広大で複雑怪奇なのだ。
少なくとも慣れていない人間が迂闊に入り込めば容易には出られない。地下街に数ある店舗のうち、約3割はラビリンスに迷い込んで抜け出せなくなって居着いた遭難者が生計を立てるために始めた店だと僕は思っている。
僕たち大阪の学生は何気なく梅田駅を集合場所にして周辺で遊んだり郊外に繰り出したりするものだが、慣れていないと中々合流できない。
田舎から出てきた新入生など(僕もそうだったが)入学早々に出会った同級生たちと梅田に遊びに出掛けた結果はぐれ、その後卒業するまで再会することはなかった、なんてことがよくある。
忍野さんも梅田駅は初めてではないだろうが、果たして大阪に住み始めて3ヶ月ほどでどれほど梅田駅を把握しているか少し不安だ。
そう。僕は今日、忍野さんと梅田駅で待ち合わせしているのである。心当たりのカレー屋を彼女に紹介するためだ。
隣の部屋に住んでいるのだから、梅田駅まで一緒に来たらいいという気もするが、忍野さんから「実は梅田駅で待ち合わせするというのが中学生の頃からの夢でした」という謎の告白があり、彼女の夢を叶えるべく梅田駅で待ち合わせることとなった。
「お母さんの影響でドリカムが好きで」とも言っていた。それなら新大阪では? そして僕はスウェットを着ていったほうがいいのだろうか。
実際には僕は無難にシャツとジーンズで待ち合わせ場所にやってきていた。
待ち合わせの時刻は午前10時30分。少し歩いて腹を減らしたあと、開店直後の落ち着いた店に入ろうという計画だ。
僕は少し早く来て待ち合わせ場所近くの書店に入っていた。梅田駅には画集を積み上げて檸檬で爆破したくなるような巨大な書店がある。
特にあてもなく広大な店内をふらふらしていると、見覚えのある美しい黒髪がちょこちょこしているのを見つけた。立ち読みをする忍野さんだった。
何やら夢中で読んでいる。ページをめくりながらときおり口だけで「おぉ〜」と言っているのがわかる。
声をかけようと近づくと、忍野さんはこちらには気付かず本を戻して去ってしまった。
忍野さんが戻した本を見ると『幕末最強! 暗殺者列伝』とあった。
僕はそれを本棚から抜き出すと、ちょっと迷って、忍野さんが去った方とは反対にあるレジに持っていった。
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