第7話 気絶から始まるスリーステップ

 三段構えだ。


 如何にして隣の女子大生忍野七海さんからカレーをおすそ分けしてもらうかという話である。


 第一段。


 忍野七海さんと普通に仲良くなる。


 結局はこれに尽きるのではないか。的場と話し合った結論だ。


 そもそもなぜ忍野さんが僕にカレーらしきものをおすそ分けしてくれたのかはわからない。

 

 もしかしたら今後も断続的にカレーらしきものをおすそ分けしてくれるかもしれない。


 だがそれは忍野さんがおすそ分け大好き人間であった場合で、今回は何らかの事情(冷蔵庫がいっぱいだったなど)でたまたまおすそ分けされたのだと考えたほうがいい。


 そうすると今後おすそ分けをもらうには忍野さんと親しくなって、その上でなんらかの働きかけを行って僕にカレーをおすそ分けするよう仕向けなければならない。


 幸い忍野さんは僕が通う大学の後輩にあたる。大学院生としての特権を濫用すれば忍野さんと接点を持つことは容易いだろう。


 第二段。


 忍野さんのカレースキルを上達させる。


 既に一度おすそ分けされている以上、忍野さんにとって、おすそ分けすることに対する心理的障壁は高くないと見ていいだろう。


 そうなれば、あとはおすそ分けされる物自体、カレーと呼べるだけのカレーを忍野さんに作らせればいい。


 僕は先にも述べたように、何も忍野さんに三ツ星シェフのカレーを求めているわけではない。普通のカレーでいいのだ。


 女子大生におすそ分けされたという事実だけで、そのカレーは三ツ星シェフのカレー並の価値を持つのだから。

 

 だからせめて普通のカレーを作れるようになってもらう。現状のような食べるたびに精神世界を彷徨うことになるようなカレーでは心がいくつあっても足りない。


 幸い僕はカレー作りについて忍野さんより一日の長があるはずなので、なんとかなるだろう。


 第三段。


 カレーをおすそ分けさせる。


 これが最大の目的であるわけだが、具体的な方法は今後検討していかねばならない。


 忍野さんと親しくなることさえできれば、カレーを作ってもらうことはそう難しくない。


 しかしそれでは駄目なのだ。


 カレーをオーダーして提供されるのでは僕としてはおすそ分けされたと言えない。


 あくまで忍野さんから自発的にカレーを作りすぎてもらい、そのカレーの処分の方法としておすそ分けという形をとってもらいたい。


 そうなってはじめて、僕は隣の女子大生にカレーをおすそ分けされたという夢を叶えることになる。


「めんどくさいやつだな」


 的場はそう言っていたが、夢を妥協してはいけない。さらに的場は。


「三段構えでも三段撃ちでも三本の矢でもなんでもいいが、忍野さんに無事おすそ分けさせて、それからどうするんだ?」


 などと聞いてきた。


「それからもなにも、それがゴールだけど?」

「ふーん……まあ、君がいいならそれでいいさ。存分に励めよ」


 思わせぶりな話し方をするのは的場の癖だ。それが格好いいと思っている。中二病なのだ。


 まあ悲しいことに僕も同じ穴のムジナなわけだが。

 

「なにが言いたいんだ」

「いや、隣の女子大生にカレーをおすそ分けされるなんて言うのはいかにもテンプレートのように思えるが、実はそのテンプレートが採用される物語というのはエロ漫画くらいのものだ。つまりおすそ分けというのはエロ的導入な訳だからその先があってしかるべき……」

「待て! お前は僕がエロ漫画に憧れて、エロ漫画的欲求のもと、エロ漫画的導入として忍野さんにカレーをおすそ分けさせようとしていると思ってるのか」


 確かにカレーをおすそ分けされるなんて今日びエロ漫画でしか見かけないシチュエーションだ。それは正直僕も思っていた。

 

「普通にそう思ってるけど。違うの?」

「違う! 断じて違う!」


 僕は座布団を蹴り上げて立った。


「僕は純粋に食欲に基づいて忍野さんにカレーをおすそ分けされたいと思っている!!断じて性欲に基づいた異常な欲望ではない!!」

「それはそれで異常だと思うが……。別に変に取り繕う必要はない。その忍野さんっていうのはかわいいのだろう?」

「素晴らしい黒髪だった!!顔はよく覚えてない」


 おすそ分けカレーと黒髪に対する異常な愛情。


 僕は異常者を見るような目を向けてくる的場に言い放った。


「僕は食い意地が張ってるんだ」


 ただカレーをおすそ分けされたい。それ以上でもそれ以下でもない。



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