第2話 緊急招集! カレー愛好会
おすそ分けカレー卒倒事件の翌日。僕は浪花大学カレー愛好会の面々に緊急招集をかけた。今後の対応について協議が必要と判断したためだ。
浪花大学カレー愛好会とは、浪花大学生及び大学院生で構成された大学非公認サークルだ。何を隠そう僕はそこの初期メンバーであり副会長である。
カレーを愛し、カレーに愛されたい。たったひとつの理念を掲げて集った最高の仲間たち。
「おい
「
「そしてお前だけが残ったということか」
「まあここは俺の部屋だし」
午後8時、部室に集合!!
副会長である僕が招集をかけたにも関わらず、部室に来てみれば居たのはカレー愛好会会長の的場だけだった。
的場はいつも部室にいる。なぜなら的場に自室を部室として提供させているから。
「バイトって……高崎はこの前バックレたとか言ってなかったか」
「いやそれは本屋の派遣バイトだと思って行ったらアダルトショップのバイトで店舗の前でUターンを決めたという話だ。今日はまた別のバイトに行っている」
なんとか書店みたいな名前のアダルトショップってあるし、勘違いするのも仕方ない。純朴な高崎が誤って突撃してしまい赤面して飛び出してくる様子は目に浮かぶようだ。
「堀川はどうした。山籠りなんてそんな言い訳があるか」
「いや、本当に山籠りだ。タイガース優勝祈願のため滝にうたれにいったらしい。無駄なことをするものだな」
カレーより野球を優先するとは許せん。堀川にはいずれペナルティを科さねばならない。最悪除名処分ということもありえる。まあ、それが堀川にとってどれほどの痛手なのかはわからないが。
ちなみに的場は大正義ジャイアンツファンなので時折堀川と壮絶な争いを繰り広げることがある。
「で大槻は……辞めた?」
「辞めた」
「そうか……まあ仕方ない」
そういうこともある。長く学生をやっていれば(?)辞めるという選択をとる仲間が出てくるのも致し方ない。
「辞めてどうするって」
「自分探しの旅に出るそうだ。インドに行くらしいぞ」
「せめて一言あってもよかろうものを。探しものはナンですか? ぐらいの激ウマギャグで送り出してやったのに」
「そういう悲劇を回避するために無言で旅立つんだろう。大槻は友達思いのいいやつだ」
帰ってきたときは本場のカレーを食わせてもらわねばならない。大槻はカレー愛好会のなかで僕の次にカレー作りが達者だった。他の連中はからっきしだ。
僕が愛好会員たちを招集するにあたって、実は一番頼りにしていたのは大槻だったのだが、既に新天地へと旅立ってしまったのは残念だ。今後、僕がやろうとしていることについて、彼から意見を聞いておきたかった。
「で、あとの連中は?」
「さあな、バイトやら就活やらいろいろだろう」
「嘆かわしいことだ」
僕と的場がカレー愛好会を立ち上げたのは僕たちがまだ学部生だったころだ。
カレーが好きな野郎どもが集い、日夜カレーについて語り合う。そんな狂気を演じようという凡庸な集まりだ。
カレーを題材に哲学の真似事をしてみたり、詩作を試みたり、新興宗教を興そうとしたり。カレーをこねくり回し、食べ物で遊ぶ行儀の悪い男たちの集まり。それがカレー愛好会だ。
せめてカレーを作れという非難を、我々は甘んじて受け止めるしかない。
かろうじて僕と大槻だけはカレーを作る能があったが、それ以外の連中はカレーを作ることにはまるで興味を持たなかった。そういう不健全さを楽しむように、彼らはカレーに対し純粋な消費者の立場を貫いたのである。
「結局、的場だけか」
「そういうこと」
的場は万年床に寝そべって六法全書をめくっていた。
的場という男。僕はこの男の深みにハマり、不毛なカレーの海へと漕ぎ出すことになったのだ。
法科大学院を修了し、今年司法試験を控える27歳。静岡県出身。童貞。熱烈なジャイアンツファン。
彼は大学の近所に下宿している。
風呂なし、トイレなしの四畳半。家賃3,800円。
絶滅危惧種とも言えるような、貧乏学生のお手本みたいな、ある種憧れる住まいである。
よくもまあこんな部屋を見つけられたものだ。
腹立たしいのは彼自身は貧乏なのではなく、貧乏学生を演じたくてこんなところに住んでいるということだ。
なんでも子どもの頃見たキテレツ大百科の勉三さんに憧れてこの下宿に住んでいるらしい。
なぜ勉三さんリスペクトなのか、それは的場いわく「勉三さんは浪人生のくせにかわいい彼女がいるから」とのことだ。
ちなみに彼は二浪して大学に合格した苦労人だ。さらにちなむと僕は一浪。勝った!!
キテレツ大百科を愛することは平均的な静岡県人の特徴であると的場は言う。的場が平均的静岡県人であるかは甚だ疑問ではあるが、僕は彼のことを信じている。
彼の緻密な思考力と広大な妄想力に、僕は敬服している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます