僕の名前

大きな足の間を潜り抜けて


いつもの彼との散歩コースに向かう。


彼の匂いは、そこにあった。


いつも歩く道に沢山の人間がいて


とても怖かった。


でも止まるわけには行かない。


赤く染まったこの世界は


彼を殺そうとしているのだから。


僕は、怖くて大きな足を避けながら全力で走った。


匂いが近い。


足がクタクタだが、走り続けて


ようやく彼を見つけた。


嬉しくて甘えたい気持ちになるけれど


あの人間が悲しそうに大きな鎌を振り下ろそうとしている。


僕は、叫んだ。


周りの人間が僕を一斉に見る。


彼も僕に気づいて、驚いた顔をして僕の名前を呼んだ。



「チャコ!?」



一瞬、あの人間の手が止まった。


僕は、その瞬間に大好きな彼に飛びついた。


いつもやっているより大きく飛んで、彼を押し倒す。


いつもの通りのいい匂いがした。


彼は、イテテ…と言いながら体を起こした。



「生きてる。」



僕は、嬉しくて彼に甘えたかった。


けれど、体が動かない。


彼の元まで歩きたいのに足が動かない。


甘えたいのに尻尾も振れない。



「チャコ!!」



彼は、駆け寄って来て、僕の体を揺らした。



「おい、チャコ!!」



僕を抱きしめて、彼は、目から涙を流している。


僕は、力を振り絞って彼の頬を嘗める。



「おい、チャコ!!なんで!!」



泣き止むまで頬を嘗めていたかったのだけれどやっぱり最後まで、嘗められない。


僕は、眠くなってきた。



「死ぬなチャコ!!」



彼は、僕の名前を叫んだ。


そうか、僕は、死ぬのか。


もっと一緒にいたかった。


僕も悲しくなる。


だから、最後の力を振り絞って彼に叫んだ。



「ありがとう!!」



彼のいい匂いに包まれて僕は、ゆっくり目を閉じた。


意識が消える瞬間、ありがとうとあの人間が笑った。


いい匂いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛すべき、脆い日々へ 顎歌 @agoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ