結ばれた友好

 すっかり陽は落ち、夜天に輝く星々と月が砂漠を照らす時間。

 ちゃっちゃと狩りを終えてレクリヤの示した大岩の元まで歩いた俺達は、野営の準備を済ませて食事の準備をしていた。


「先ほどは見事でした。あれほど無駄のない強化魔術は初めて見ましたよ」

「そりゃどうも。こっちも魔法使いマギアホルダーなんて珍しいもん見れたしお互い様だ」


 向かい合わせに囲む焚き火で肉を焼きながら、火に負けない程度の声量で言葉を交わしていく。

 だが会話といっても所詮はどうでもいいことばかり。深い部分に触れることはなく、まずは様子見だと互いに理解出来る程度の浅いものばかりだ。

 俺もそうだが、きっと彼女も言葉を選んでいるのだろう。どこまで踏み入っていいものかと悩みながら。


「それにしても。遠目に見たときはわからなかったが、なんで岩に穴が空いてんだよな。なんで崩れねえんだ?」

「ふふっ、これは岩ではなく古代塚エントフォスだからですね。まだ三大陸が一つであった頃、女神フォーリアによる大厄災──裁きの天厄ディスフォールがこの世を分かつ前に生きた生物の名残。真偽は不明ですがそう言われています」

 

 俺が質問をし、それについて彼女が答える。この単調なサイクルの繰り返し。

 しばらくして会話は途切れ、パチパチと火の弾ける音のみが辺りに響く。

 我ながら自分の口下手さが憎らしい。……昔はもうすこしマシだったはずなんだけどな。

 

「……焼けましたかねぇ?」

「いいんじゃないか? んじゃまあいただきます」


 気まずさを誤魔化すよう肉を取り、焼き加減を気にせず思いっきり齧り付く。

 生肉特有の感触はなく、臭みはあるがそれ以上に旨みと肉汁が口の中に溢れて止まない。

 久しぶりのまともな食事、それも肉という濃厚な暴力を体が受け付けないかと思っていたが、体は意外と拒否せず受け入れてくれている。

 あー可能なら酒も飲みたい。何なら水でもいいから喉に流し込みたい。生憎水分の貯蓄に余裕なんてないし、そうはいかないのが実に歯痒いところだ。


「あー美味しい! 本当は数種の香草と焼けば臭みも消えて最高なのですが、まあ無い物ねだりはしちゃいけませんね。んぐっ、んぐ……ぷはぁ!!」


 賞賛と文句。嘘偽りのない二つを繰り返しながら肉を頬張るレクリヤ。

 思い出したかのように先ほど丸棘ニータスで作った器を手に取り、指先で水を注いで一気に煽り出す。


「……それ飲めるのかよ。確か魔術マギルで出した水ってのは飲めないんじゃなかったか?」

「んー? 通常の水魔術で発生させた水の飲用は不可能です。種族ごとに調整された飲水魔術でなければ魔力濃度の関係で体に害ですからね。ですが私の魔法は特別、その法則に囚われずに誰でも飲めます。まあ正しく言えば飲用可能な水も生成出来る、ですがね」

 

 ごくごくと喉を鳴らし、至福の一杯だと自慢するかのように見せつけてくるレクリヤ。

 まじかよ。調整難度の高い飲水魔術が必要ないとか羨ましいことこの上ないんだけど。


「ほらどうぞ。飲みたかったんでしょ?」

「……いいのか? あくまで魔力は自前、無限に湧き出るってわけでもねえんだろ?」

「その分護衛してもらってますから。それに、私は火を起こせませんしね」


 どうぞと差し出される水。そこまで言うのならと受け取り、欲する喉へと流し込む。

 あー旨い。心地好く冷えてる上に湧き水みたいに澄んでやがる。これならそこいらの粗末な酒より断然爽快感で満たされちまう。ったく、魔法マギアってのは味まで保証されるもんなのかよ。


「羨ましいな。こんな旨い水を飲み放題かよ」

「そうでしょうそうでしょう? これは自慢なのですが、私は水魔法の天才ですから」


 手頃のサイズの胸を張り、特別自慢げに顔と声を緩ませるレクリヤ。

 ……なにがそこまで嬉しいんだか。こんなこと出来るなら賞賛なんて言われ慣れてるだろうに。

 まあいい。機嫌が良くなってくれるのならそれに越したことはない。会話前の雰囲気作りってのは軽視出来ないからな。


「……さて。空腹は去りましたし、睡魔に犯される前に話すとしましょうか。貴方と私、そして今後についてのすり合わせを」


 レクリヤは緩んだ面を真面目な女へと戻し、まっすぐこちらへ視線を飛ばしてくる。


「じゃあまずは俺からだ。その方が俺が後にする質問も、お前が語るべき常識も選びやすいだろ?」

「……ええ、まあ。……そんなにあれなんです?」

「まあな。こんな状況以外で聞いたら度肝抜かすか、或いは世迷い言だと一蹴するかの二択だろうよ」


 レクリヤが困惑を顔に貼り付けてるのを尻目に、かいつまんで自分についてを話していく。

 住んでいた村を襲われたこと。

 砂漠などない遙か彼方、言語すら違う場所から飛ばされたこと。

 そして落ちた場所が無限炭鉱インフベグ内部だったせいで大体三年くらい労働奴隷をやらされていたこと。逆行やら赤髪の枷幼女ホワイルなど、自分でも理解不能な部分は削った上で現在までを纏めて言葉に変えていった。


「……なるほど。つまり異邦の民というわけですか。どうりで常識が欠如しているわけです」

「信じてもらえて何よりだ。正直俺が聞く立場だったら鼻で笑ってしまいだったね」

「無論全てを、というわけではありません。ただ、貴方を見て合点がいく部分もあったということです」


 それでも、疑惑というよりは納得が強そうなレクリヤに少しだけ安堵する。

 自分で話しておいて何だが、正直一部すら信じてもらえるとは思ってなかった。


「しかしそれほど長距離の転移とは。並の天才であれば魔法ですら為し得ることの叶わない、恐るべき奇跡の御業みわざと言っていいでしょう。……或いは理論魔法イマジオリ、膨大な年数の果てに辿り着いた研鑽の結晶でしょうか」

「その辺は知らん。正直使えるだけでからっきしだからな。……ちなみにお前なら出来るか?」

「不可能とは言いません。ただそうですね……後千年ほど研究に没頭していいのであれば」


 ……不可能ってわけか。ま、無理なのはわかっちゃいたがな。


「では、まずはこの大陸についてから話した方が良さそうです。私の身の丈についてはその後で構いません。何なら話さなくても問題ありませんしね」


 そう言ったレクリヤは指先から水を出し、地面に何かの図を描き始める。

 隣り合わせに三角と円、そしてその上に図形二つ分の長方形。

 ……これは世界地図、か? 詳しくは忘れたが、昔似たようなのを見たことがある気がする。


「ここは円大陸ラウンドホール。乾きと空洞に満ちた砂の世界であり、三大陸中で最も人口が少ない閉鎖世界。その八割を占めるフォーレス大砂漠です。聞いたことは?」

「……大陸名だけは少し。しかしそうか、ここは円大陸ラウンドホールだったのか……」


 指差されたのは円。そして円大陸ラウンドホールという名称。

 俺の住んでいた大陸は三角大陸トライアングル。彼女が指差さなかった三角の図形である。

 ……なるほど。薄々感づいていたが、これでもう言い訳が効かなくなった。

 つまり今俺がいるのは正真正銘別の大陸。青い海の壁すら飛び越えた未知の大地だったってわけだ。


円大陸ラウンドホール、か。そりゃ最悪だ。どうやら俺の帰るべき目的地は相当遠くにあるらしい」

「……まさか」

「そう、俺の故郷は三角大陸トライアングル。世界の中心たる四角大陸スクベス。無限の未知が眠るとされる、あの冒険大陸アルカンディアを越えなきゃ旅は終わらねえってわけだ」


 自分で言葉に出しながら、その無慈悲な事実に頭を抱えたくなってしまう。

 四角大陸スクベス。或いは冒険大陸アルカンディア

 それは世界の中心たる中央島セントールを有したその場所は、三大陸で最も広く、前時代の痕跡が残っているとされる未知の大陸の名だ。

 

 常識を越える宝を。

 全てに認められる夢を。

 そして遙か彼方にあった歴史の残骸を。

 

 種族問わず、何かを求める者が最終的には行き着く場所。

 例え届かずとも、口先だけでそこを目指すと酒を片手に唱えるくらいには、今を変えうる未知と冒険が待つとされている。それ故人は冒険大陸アルカンディアと呼ぶのだ。

 そして冒険が待つということは、それだけ死が迫る危険も隣り合わせだということ。命を費やしその手を伸ばそうとも、その片鱗すら掴めない途方もない何かがあるということに他ならない。そんな過酷な場所を経由しなければいけないのだ。


「海路は……ああ、幻想海流ラビリンシー。霧と渦の大海を越えるのはほぼ不可能ですからね」


 彼女の言うとおり、海路を使うのは無理。三角大陸トライアングル円大陸ラウンドホールの間にあるのは風の壁と深い霧、そして正体不明の怪物が犇めく魔の海だ。

 海も駄目。空なんて論外。ならば当然、迫られるのは陸を進む選択のみ。……単純でいいな。


「でしたら自ずと道は決まります。貴方が故郷に戻るというのであれば、目指すべきはアークシズ。円大陸ラウンドホール唯一の港街にして外へと繋がる中立都市。その一択です」

「アーク、シズ……。そこに行けば、船が……?」

「ええ。現状、四角大陸スクベスへと繋がる道はそこのみです」


 指で円の端を突きながら、レクリヤは俺が行くべき場所の名を告げてくる。

 アークシズ。それが今向かうべき場所。自らが停滞を拒むため、なんとしてでも到達しなければならない始まりの街か。

 

「そこまでであれば付き合いましょう。私にとっても都合がいい。貴方は頼もしい護衛ですからね」

「……そりゃいいが、お前も出るのか? ここから」

「いえ、あくまで王都から離れられるからというだけです。私には成さねばならない使命がある。それを果たすまではこの大陸から離れるつもりはないわ」


 レクリヤの決意めいた否定は、今までこちらに見せた感情を全て取っ払った無色だった。

 それは決意というより覚悟。揺るぎない柱ではなく、どう足掻こうと外れない鎖のようなもの。そこに信念や正義などは無縁で、どこまで行こうが我欲に満ちた縛りなのだろうと、たった一日程度の付き合いであろうとも何となく察せられるものだ。

 

「……そうか。ま、詳しくは聞かねえさ。話したくなったら愚痴程度に零すんだな」

「ええ、そうします。私とて身勝手な義憤に他人を巻き込みたくはありませんもの」


 目の前の女は微笑みながら、俺にとって非情に都合のいい提案を示してくる。

 ……ま、それでいいなら深く詮索するつもりはない。どうせ最後まで付き合えるほど余裕も甲斐性もないんだし、互いにとって一番利口な距離感でいようじゃないか。


「では今後ともよろしく。二人の道が分かつまで、善き関係であらんことを」

「……ああ。よろしく頼む。レクリヤ」


 差し出された褐色の美手を握り返す。それが彼女の挨拶への返事だ。

 

「さあ、そうと決まれば今日は懇親会です! 食って話して親交を深めましょう! なんだかんだ他の大陸の話を聞ける貴重な機会ですしね!」

「……俺の雑談は安くねえぞ。そうだな、喉が潤う極上の一杯が欲しいところだなァ?」

「是非是非ぃ! さあお注ぎしますよエンドくん! 今日は無礼講です!」


 真面目な話はもう終わりだと、レクリヤは笑顔で差し出した器に並々と水を注いでくる。

 ……ま、今日くらいは緩んでおこう。こういうの、久しぶりだしな。

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