海風よ。

 茜色に染まる夕日を眺めていた。

広い砂浜の真ん中。そこにいるのはひとつの番い。僕は眉を潜めて夕日をただただ見つめている。

「ここまで走ってきたんだ。よく歩くけど、きっと、最善だとは、思うんだ。」僕は言った。

彼女を横目で見ると同じように眉を潜め同じようにその視線は夕日に向いていた。少し上を見ているようにも見える。

赤く染まる目頭は涙なのか化粧のそれなのか曖昧で判断に困った。

続けて言う。

「きっとあの分かれ道の先には何もなくて、それが当たり前で。誰しもがそうで。たまにそれらが混じって、離れて、、、。」纏まらないまま言葉を紡いでぎこちなくなる。何故か目頭が熱くなる。

夕日が僕らを相変わらず照らしている。

だだっ広いこの世界と言う宇宙の中で隔離されているような、まるで僕らだけしか存在し得ないような錯覚に陥る。

そうか、彼らはこれを謳っていたんだ。

ただ聞こえるのは波の音。たまに風に揺られる木々の音が聞こえる。2、3回波音を繰り返したあたりで糸が切れるように、結んでいた口を解いて彼女は言った。


「どうでもいいよ。」


余りに唐突な言葉に僕は何も言えず、ただただ波の音を聞いていた。

「見てあの雲。」

彼女が指差す先には輪郭がぼやけた雲がある。余りに至って普通な雲。


「あれを見て、なんでこう言う形じゃ無いんだ、って思う?」


波が五月蝿い。


「一緒だよ。全部。」


五月蝿かった波が急に静かになった気がした。

しばらくの静寂と、若干の耳鳴り。僕は再び夕日に目をやった。

「変わってなかったのかな。」言うと

「だから、どうでもいい。」ぴしゃりと。


「そっか。」


それ以上何も言えなかった。でも伝えたいことは何となく分かった気がする。


そっか。そうだね。


 随分と時間が過ぎて、思い出す。

じめっとした薄暗い早朝。道は目に見えるほどの湿気に覆われて。それでも足を軽くさせる気温。朝露。

広い空がピューと泣く、肌寒い風がヒュー吹く。次第に寒くなる日々を人々は何故か嬉しそうに、ただ世間話をしていた。

チリチリと瞬くシリウス。やけに静かな夜。時たま流す涙は首を痛くさせた。その季節は通してガムランボールの音がする。


恐らく朧げに灯火を繋いでいた日々。繋いでいる日々。田圃道。静かな住宅街、顔見知りで溢れ返る街。


人を想う。

比例して次第に心も暖かくなる。


 ”どれも間違ってはいない。”


街中の人の顔が何かを待ち侘びているような。


温かいコーヒーを啜る。まだ少し熱いかな。冷たいほうがいいかな。

一年中そのようなことを考えている気もする。


どちらでもいいのだ。


伴う思い出が痛ませる夜。

昔聴いていた音楽を聴いてみたりもした。

それでも何も変わらないと思い知らされる。

そして眼前に広がっているのは恐らく何の変哲もない海辺と夕日。


長い旅路の途中でたまたま見た何でも無い風景なのかもしれない。


しかし。ちょうど。文字通り、出会ったのだ。


きっと、生涯愛すだろう、夕焼けと。

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喧騒の中、ひとつになる。 伏見 明 @fushimiaki

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