雪幻館の殺人 4


  4

 ジキル氏が死んだ後――。

 それでも朝はやって来て、それでも明日はやって来て、来る日も来る日も過ぎていき、名女優アイリーンは医師オーエンと再婚しました。新しく子供も生まれました。

 オーエン医師は新たな命とカミーユ嬢を分け隔てなく可愛がりました。カミーユ嬢には自分の血が流れていると信じていたのですから、当然です。

 そうです。カミーユ嬢も女優アイリーンも、オーエン医師も生きています。死んだのはジキル氏ただ一人だけです。

 何故って、全部演技だったからです。

 だから、自分で淹れ自分で選んだ珈琲を飲んでカミーユ嬢は、まるで毒でも盛られたみたいに倒れることができたのです。

 だから、密室の自室で布団を染め上げ愛しい人の眉を変顔でひそめさせた女優アイリーンは、結婚指輪をこれ見よがしに床へ捨てておいたのです。

 だから、オーエン医師は心の病を患う患者に二重人格の本をすすめ、思わせぶりなことを言い、睡眠薬でぐっすり眠っている間に、シチューをたくさん作って恋人のベッドの下に隠れたのです。

 全部、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ演技だったのです。

 女優アイリーンとオーエン医師は、愛人関係にありました。それで、酷い雪の日に、かねてから準備していた計画を実行しました。

 計画は見事成功。自分が、愛する人たちを殺した二重人格の人殺しだと信じ込んだジキル氏は、ピストル自殺を図りました。

 計画完了の合図で、二人はよーいどん。熱い口づけを交わし、深く愛し合いました。

 アイリーンとオーエンは自分たちの手を汚すことなく、邪魔なジキル氏を生の舞台から下りさせたのです。

 ですが、これで二人はめでたしめでたし、とはいきませんでした。

 だって、血の繋がりなんて知らず、本当の事なんて知らず、演技をさせられた当時七歳のカミーユ嬢は、ジキルパパが大好きだったのですから……。

 えっ、なんでそんなことをわたくしが知っているのかって? あっ、訊いてない?

 でも、いいじゃないですか。言わせてくださいよ。言いたいんです、わたくし……。

 それは、わたくしがカミーユ嬢の復讐を手引きした悪魔だからです。

 カミーユ嬢の心の中に住んでいる、正義の悪魔。それがわたくしなのです。

 罪には罰、でしょう? 悪人が笑っているだなんて、わたくし、放ってはおけませんから。

 ところで、貴方は罪を犯したことがありますか?

 いえ、わたくし罪を犯したのに裁かれていない人間に罰を与えるのが趣味でして。

 罪には罰、でしょう? 悪人が笑っているだなんて、わたくし、放ってはおけませんから。

 いえいえ、殺人なんて大きな罪じゃなくていいんです。ちょっとした罪。警察だって取り合う気にもならないような罪、とか……。わたくし、大好物でございますよ?

 ああ、言わなくて構いません。わたくし、もうわかっておりますので。

 もしも、もしも、心あたりがあるのなら、お気をつけください。わたくし、狙った獲物は逃さないたちですので。

 おっと、信じていらっしゃらない? わたくしを信頼できない語り手だと思っていらっしゃる?

 ひどいですねぇ。ここまでわたくし、勘違いを誘うための小細工はたくさん仕込ませていただきましたが、事件に関しては一度も真実と異なることを申し上げてはおりませんよ? フェアに徹してここまで語ってきたつもりです。

 例えばほら。血の繋がりのない親子を親子というか、というのはその時やその人によっても違うと思いますので。わたくしそんなところにまで気を使って、一度もカミーユ嬢をジキル氏の娘だとは申し上げておりませんし。

 わたくしはジキル氏以外に死んだ、という表現は一度も使っていなかったと記憶しております。

 他にもたくさん、本当のことだけを申し上げてきたつもりなのですが……。

 それでも信じていただけない? わたくしを信頼できない語り手だとまだおっしゃる?

 まあ、確かにそうですね。推理小説パートはもう終わりましたし。これまで嘘をつかなかったからといって、その人物がこれからもずっと嘘をつかないとは限りませんものね。

 ええ、ええ、そうですとも。わたくしだって嘘はつきますとも。認めましょう。私は嘘つきです。信頼できない語り手ですよ。

 と、話が随分ズレてしまいましたね。せっかくの推理小説が台無しだ。そろそろこの舞台は幕引きといたしましょうか。

 ああ、最後に一つだけ。大事なことを。

 この物語はフィクションです。実際の人物・団体・事件とは一切関係ございません。

 それでは、また機会があれば、お会い致しましょう。

 またあいたいなぁ、アリゲイター――。

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雪幻館の殺人 木村直輝 @naoki88888888

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