推しホットケーキ

夏緒

推しホットケーキ

 小学生の枝豆くんは、帰宅して早々のパパの

「ただいま。あいつはなにをしているんだ」

という問いかけに

「おかえり。推しへの愛をかたちにしようとしているんだよ」

と返しました。ソファに寝転んだまま、ニンテンドースイッチから目を離しません。一瞬でも目を離せば、枝豆くんのかわいいカービィはドンキーコングにボッコボコにされてしまうのです。

 リビングのローテーブルではママが、先日買ったばかりの真っ赤なホットプレートでホットケーキを焼いています。


 ただまあるく焼いているわけではないのです。

 ママはホットケーキのたねを細口の絞り出し袋に入れて、ホットプレートの上でお絵かきをしているのです。愛する推しの顔をホットケーキで表現しようとして失敗を重ねています。

 ママの横にはもうすぐ2才になるそら豆くんが真剣な顔で突っ立っていて、ママが推しの顔を失敗するたびにそれをもっちゃもっちゃと食べています。ママが真剣な顔をするのでそれにつられているのです。


「あれは一体いつからやっているんだ」

「んー、もうかれこれ2時間は経つんじゃないかなあ。推しが目隠ししてるから、目ぇ書かなくていいから楽勝って言って始めてたんだけど、なんかバランスが難しくて苦戦してるらしいよ。イケメンにならないんだって」

「おれのメシは?」

「ホットケーキじゃない? ああでもそら豆くんが片っ端から食べてるから、パパのはないかもしれない」


 なんと、そら豆くんは2時間もママが失敗した推しの顔を食べ続けているというのでしょうか。ふたりして真剣にホットプレートに向き合っています。

「あいつ腹壊すんじゃないか。枝豆くんはなんか食ったの」

「ぼくはさっきカップヌードル食べたよ。パパもカップヌードル食べたほうがいいんじゃない」

「まじかよ」


 そのときママが

「あっ!!」

と大きな声で叫びました。振り返ってこちらを向いたママの顔は喜びに満ちています。

「でっ……できた!! できたよ見てこれ!! イケメン爆誕だよ!! あ、パパおかえり!! 見てこれ!!」

 ようやく自分の思い描いた理想の推しの顔が完成したようです。ママはホットプレートの上からそっと推しを皿に移して、ホットプレートの電源を忘れずに切り、

「写真、写真撮らなくちゃ、見せびらかさなくちゃ」

と言いながら2時間前に放り投げたままのスマホを取りにキッチンに向かいました。


 やれやれやっと終わったのか、と、枝豆くんとパパがその完成したママの推しを見ようとローテーブルに近づこうとしたそのとき、事件は起きたのです。


 ひょいぱくっ


「あ、」






「あったあった〜スマホ〜。わたしの推しが、……あれ、わたしの推しは?」

 キッチンからすぐに戻ってきたママは、笑顔のままきょとんとしました。皿の上にいた推しが、いないのです。

 皿の横では、そら豆くんがもっちもっちとハムスターのような顔でなにかをもぐもぐしています。


「え……? うそでしょ? まさかね? そら豆くん今なに食べてるの? ここにあったお顔食べた?」

 大好きなママの問いかけに、そら豆くんはにっこ! と笑って大きくうなずきました。いっぱい食べてえらいでしょ! とでも言っているかのように。

 ママはそら豆くんの前で膝から崩れ落ちました。怒るに怒れません。


「そら豆くんあれは……ホットケーキじゃなかったんだよ……。あれはママの推しだったのに……」

「ドンマイ。そら豆くんからしたら全部ホットケーキだよ」

とパパがママに声をかけます。ママの奇行は今に始まったことではないので、パパも枝豆くんも慣れっこです。

「ママ、傷心のところ悪いんだけどさ、おれのメシは?」

「え、……ホットケーキ、じゃない?」

「まだ作んの!?」

「だって推しが……推しが……もぐもぐされちゃって……」


「だからさっきカップヌードル食べたらって言ったのに」

 枝豆くんは呆れてどうでもよくなったので、またしてもニンテンドースイッチに目を戻しました。

 パパはこれから、ママにさっさと終わってもらいたくて推し作りを手伝うことでしょう。

 馬鹿らしいので枝豆くんは、あと一回負けたらお風呂に入ってさっさと寝ようと決めました。

「おいでそら豆くん。もうホットケーキ食べちゃだめだよ。ぼくと一緒にお風呂はいろう。あと一回負けるまで待っててね」

「あいっ」






おわりっ

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推しホットケーキ 夏緒 @yamada8833

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