あたしの推し活 異世界話譚〜たった一つのバフスキルで推しを影から支えたい〜
霜弐谷鴇
異世界転生したのにバフスキルだけってどうよ?
死んだ。あぁ死んだ確実に死んだ。
あたし、
薄れゆく意識の中で、人生の幕引きってこんなもんなんだ、もっとたくさんやりたいことやればよかった……と後悔だけが頭をぐるぐる回って、いつしか意識は失われていた。
次に目を覚ますと、見知らぬ大人の顔が近くに2つ。あたしのことを愛おしそうに見つめている。こんな目を向けられたのは人生で初めてだ。でも、なぜこの見知らぬ2人はそんな目であたしを……。
どうやら間違いなく死んだあたしは、生まれ変わったようだ。そしてすぐに気づくことになる。これ異世界転生してもうてるやん。
母ミレーユと父ガインの間に生まれたあたしは、キヨカ・ホワイトと名付けられた。偶然か必然か、前世の名前に似ている……。
転生したここはいわゆる異世界。魔法や剣術など、スキルの存在する世界だ。母は料理を魔法のスキルで創意工夫し、父は狩りを弓術スキルなどで行う。
そして勇者や魔王も存在する、戦いの世界だ。
こんな世界だ、異世界転生の醍醐味、チートスキルはないものかともちろんあたしも自分を探った。
結果、あたしが使えるスキルは「バフ」だけ。嘘ぉ。効果は『使用者の想いに応じて対象者の能力値を向上させる』というもの。よくわかんない。
害はないだろうと、一度両親に「バフ」を使用してみたことがある。けれど特に違いは見て取れなかった。
わかったのは数ヶ月後。母が身籠ったのだ。どう考えても「バフ」使用辺り。そういう効果?
さらに月日は経ち、あたしに妹が生まれた。かわいいかわいい妹。2人ともに両親に愛され、すくすくと育った。
成長する過程で「バフ」について色々試してみて、わかったことがある。これはそういうものではなく、様々な能力を向上させるものだということだ。ただ効果の強さや持続時間なんかは、誰を対象に使うかで大きく違った。今のところ家族に対してが一番効果が高い。
また成長の過程で、妹とあたしについてもわかったことがある。妹は美人だ。器量もよく性格も頭もいい。背もそこらへんの男性が目線を上げるほどに高くスラっとしていて、髪は鏡面のように美しい。
対してあたしはどうか? 顔は当然似ているが、何がどうしてか美人には到底見えない。不器用で要領は悪く頭まで悪い。背も低くちんちくりんで、男には見下されている。痩せ型でもないからずんぐりした感が否めないし、髪は手入れしてもボサボサ。ステータスポイントの割り振り間違えた、とかのレベルじゃないだろ。
そんなこんなでめでたく劣等感があたしの中で育ちに育って塊となった。成人する頃には自己肯定感なんて皆無で、周りを羨むだけの醜い大人になってしまった。
働きもせず燻っていたあたしに転機が訪れたのは、22歳になり実家から出なくてはいけなくなった頃。この世界では20歳の成人後、22歳までには実家から出なくてはいけない風習がある。大卒の就活かよとぼやいていたあたしも例に漏れず、実家を出なくてはいけない。
そんな折に出会ったのだ、幸薄い系のイケメンに。
あたしの街にパーティメンバー募集で訪れた彼はライルという名前でジョブは「魔剣士」。魔法も剣術スキルもこなす多彩な勇士だった。好き、というにはおこがましいが、いわゆるドストライク、推せる推せる。
劣等感の原因である妹がいる街から離れたかったこと、こんな世界で長く生きてもどうしようもないと思っていたこと、推しの近くで生きて死にたかったこと。そんな理由からパーティメンバーに応募した。
戦闘はできないが、荷物持ちに身の回りの雑務、料理に消耗品の維持管理などできることはなんでもするスタンスで自分を売り込んだ。「バフ」についてはどれくらいの効果が発揮されるかあたしにもわからなかったから黙っていることにした。
結果はなんと合格。5人メンバーに加わるひとりとして旅に帯同することになった。両親や妹は心配からか泣き腫らしていたが、あたしは心底ホッとした。
旅は始まり、道中での日々は苛烈を極めた。魔獣や魔物、魔王軍の兵士などとも何度も戦った。戦闘になればあたしは退避し隠れた。しかし物陰から全員に何度も何度も「バフ」をかけた。
やはり推せる気持ちの強さの違いか、ライルへの効果が最も強く現れた。当然ヒーラーのシルク、重戦士のジェイク、魔術師のアクア、斥候のルークにもそれぞれに「バフ」は効果を発揮し強くしていた。
しかし苛烈な日々の中で、一人、また一人と脱落していった。立ち寄る街でメンバー募集をするも、なかなか集まるものでもなかった。そしてある街で、ライルとあたし以外の最後の一人、シルクが脱落した。
いつも通り宿屋からメンバー募集に繰り出そうとしたあたしを、ライルが呼び止めた。
「キヨカ、募集はもうやめよう」
真剣な眼差しでライルが告げる。あぁ、そうか、この旅ももう終わりか。そう落胆し、目を伏せたあたしにライルが続ける。
「ふたりで旅をしよう」
あたしは思わず目を見開きライルを見据える。ふたりでって、それって……。そう混乱しているとライルが一歩、また一歩と歩み寄る。
「キヨカ、君がそばにいてくれた時、俺は強くなれた気がした。君を守らなくてはいけないという想いが、俺に力を与えてくれた」
それは「バフ」が……。と頭に浮かぶもライルは続ける。
「君がいてくれれば俺はどこまでも強くなれる。ずっとそばにいてくれ、これからも俺を支えてほしい。そうしてくれれば俺は誰にも負けない、必ず君を守る」
目の前のライルが両手であたしの手を優しく包み、まっすぐに見つめる。ただの推しだと蓋をしていた心の開く音がした。そうだ、あたしはこの人がーー強く、仲間想いで、優しく、弱々しく笑うこの人がーーひたすらに好きなのだ。
「もちろん、この先もずっと、あなたを支えます」
笑みと涙が両方溢れて、心には温かな風が吹いた。ライルに抱きしめられ、彼の温かさを全身に感じた。
それからあたし達はふたりで旅を続けた。ライルが強くなったのか、あたしの「バフ」が強力になったのか、その両方なのか、あたし達の名は大陸に轟くようになった。
ドラゴンを撃ち落とし、岩石巨人を屠り、暗黒魔剣士との斬り合いの果てに地形を変え空を割り、最後には打ち滅ぼした。いつしかライルは勇者と呼ばれるようになっていた。
数年の戦いの日々を駆け抜け、ついに魔王城へと突入する前日。もう死んでもいいとは思えない自分がいた。この人と、ライルと生きていきたい。
「ライル、明日は魔王城だね」
「あぁ」
「ずっと守ってくれたね、約束通り」
「キヨカこそ、ずっと俺を支え続けてくれた」
ふたりで笑い合う。時間がゆっくり流れているようだ。
「これが最期かもしれないから、今度はあたしが気持ちを言うね」
あの日はあなたから言ってくれたから、という言葉はふたりには必要なかった。
「愛してる」
「俺も、君を愛してる」
「それでそれで!?」
テーブルの向かいに座るキリクが身を乗り出して問う。
「ふたりは3日間の激闘の果てに魔王を討ち取った。だからこそ今はほら、平和でしょう?」
あたしが自慢げにキリクに言うと、隣のライルが恥ずかしそうに笑う。
「キヨカ、ちょっと詳細に話しすぎじゃないか? 恥ずかしいよ」
「なぁによ、あの時の言葉は嘘だったわけぇ?」
あたしはライルの頬をつつきながら唇を尖らせる。
「ちょっとパパ、ママ、いちゃつくのはあたしとキリクが寝てからにしてくれない?」
斜め向かいのシズクが頬杖をつきながら呆れた表情でため息をつく。
「それで、ずぅーっと気になってたんだけど、"推し"って何? 好きとか愛とかと何か違いがあるわけ?」
シズクが姿勢を変えずに問う。あたしは一瞬考えて、すぐに考えるのをやめた。
「そうね、あたしの感覚でいい?」
ライルとキリク、シズクが少しだけ身を乗り出す。
「"推し"っていうのはね、『なーんかいいな』、よ」
「「「なにそれ?」」」
これはあたしの、”推し活” 異世界話譚。
あたしの推し活 異世界話譚〜たった一つのバフスキルで推しを影から支えたい〜 霜弐谷鴇 @toki_shimoniya
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