毒に伏す
どこぞの戦争国家へのスパイ行為がバレて、そのまま捕虜になった。
それなのに今は談話室まで連れてこられて、仮にも王太子と呼ばれる男と、一対一で向き合って茶を嗜んでいる。
「私なんかと喋ったところで、何の情報も得られませんよ?王太子殿下さん」
「そう畏まらんでいい、美人な女スパイさん?」
青色の宝石のような二つの瞳が、目を睨んで逃さない。端正な顔立ちに似合う彼の香水に頭がクラクラしようと、自分は必死にこの場を乗り切るしかないのだった。
「さっさと殺してくだされば良いのに。首吊りでもガス殺でもお好きにしていただいて構わないのよ?それとも国民の前で磔にでもしてくださるのかしら」
「いぃや、生憎俺はそんなに良い趣味は持ってないんでね」
そう言った彼は、砂糖を三つ投げ入れ甘味の満ちたりている紅茶を啜った。
ただでさえ甘いフレーバーの風味を損なわせるなんて、とは思ったが、自分のとは違う代物だったのかもしれない。
「躑躅の蜜は毒とも言うでしょう?紙一重だとか表裏一体とか、面白い表現をするものよね」
「なんだ、気づいてんのか?この部屋は盗聴器も何もない、吐きたいんなら吐いてみろよ」
「どうせ帰っても殺されるだけでしょうし、そうねぇ……殿下は、甘い物がお好きなのよね?」
椅子から立ち上がり、テーブルクロスを握って引き寄せながら男の元へ辿り着く。その口角の上げられた唇に塗られた液体を指で拭い、添わせるように口付けた。唾液とともに流し込んだ甘い味が、舌先を痺れさせる。
「ふぅん……これはこれで、美味いんじゃないのか?」
「お気に召されました?貴方ってば本当に面白いわ、死ぬ場所が此処で良かった」
そうして天を、正確には天井を仰ぐ。
何かを思い出しては漏れた溜息が、喉を枯らしていく安らぎを身体で受け止めようと地に落ちた。
「じゃあ最後に、ひとつ忠告でもさせていただこうかしら。北の大国──いえ、今は西と言ったほうが良いかしら?」
「に、狙われていると?」
「いくら無敗だからって侮ってちゃダメよ?人は軽率に死ぬのだから」
嘲笑うように鼻で笑った彼は、こちらの顔を見上げながら、あの空色の瞳を見せつけるように立ち上がった。
「それで、本当に言いたいのはそういうのじゃないんだろ?」
「あら、いつから見抜いてたのかしら」
皺ひとつない男の頬に爪を立て、赤くなったのを内心ほくそ笑みながら、精一杯の笑顔を撒く。
「私は一人で死ぬのはごめんだわ、貴方みたいな色男と一緒でやっと、ってとこかしら!ざまあみやがれ!」
そう言ってもう一度口付けるが、今度は彼から返事があった。同時に床にへたり込み、何度も甘いキスを交わす。
「女はね、嘘つきなのよ?」
「だが男は嘘をつかないと誰が言ったんだ?」
垂れていく瞼が金髪を捉え、自我を失う寸前だった。
「おい!さっさと開けろ!!」
彼の右腕であろう男の声が、壁越しに聞こえた。
蹴飛ばされた扉の先から現れた黒髪の男と視線が絡むと、力尽きたように項垂れるしかなかった。せめて携えられた大剣で、首を切ってもらえたらどんなに良かったか。
やがて耳が遠くなっていくのを感じ、自分の声も判別できないまま、白けていく視界を見つめていた。
「妬けてしまうわね、まったく」
ああ、最期の目に映すのは、あのアクアマリンがよかったのに。
原石の宝庫 尊ろ字 @TohtoRo_G
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