推しごと!

くるとん

集積

この国では副業をしなければならない。


車が空を飛び、月への旅行が常識となった時代、この国はある問題を抱えていた。秒を争い進歩する技術、それは利便性を高め、この世界から不便というものをことごとく消し去った。スマホで何か注文すれば、高速ドローンが自宅まで届けてくれる。お金さえあれば、欲しいものはすぐに手に入る。その結果、ものが売れなくなった。


「いつでも買えるし…また今度で良いか。」

「どうせまた新しい機種が出るから、それからで。」

「今度セールするんだって。」

「もののプレゼントなんて古いよ。だって、何だってスマホで買えるもん。」


国のお偉いさんも、コト消費的な社会への変貌へんぼうまでは想定していた。ベッドの上でゴロゴロしながら、何百キロも離れた場所の商品を買えるのだ。スマホひとつで。もちろん値段だって簡単に比べられる。旅行先で「ここの名産」と紹介されても、ここで買うという選択肢が見えなくなっていった。


「帰ってからで。」


わざわざ荷物を持つ必要もない。宿泊先であれ、スマホひとつで注文可能。すぐにドローンが届けてくれる。その安心感は、人々から購買への動機づけモティベーションを奪った。いわゆる深刻な「もの離れ」が生じたのだ。


もちろん多くの企業が対策に乗り出した。ご当地限定品がその一例。その地域でしか買えない、そういう付加価値をつけた商品だ。しかしそれは、別の商売を生むだけだった。その限定品を買い、注文者のもとへと届ける。代理購入のような商売形態。しかしそれも一時のもので、すぐにすたれた。利便性に負けた結果、失敗。


そして、社会に混乱をもたらした。「もの離れ」が進むに比例して、生活必需品以外の製造が大きく落ち込んでいったのだ。売れないのだから、そもそも作らない。そうなってしまったのだ。


そこでつくられたのが「特定商品及び役務えきむの販売促進に係る補助等に関する制度」だ。通称を「しごと制度」という。





「推しごと制度」は、スリーステップ。まずは「推しごとアプリ」にて自らの「推し」を登録する。アニメやアイドル、キャラクター…なんでも良い。パンが好きならば、パンでも良い。要するになんでも良いのだ。例えば俺は、大好きなアイドル高野ユウちゃんを登録している。


次に「推し」に関する商品を買う。これまた何でも良い。ポスターでもグッズでも。買い方にも指定はない。アイドルのコンサート会場で買うのもあり、スマホで注文するのもあり。最後にその商品のレビューを書く。「良かった」の一文だけでも可。とにかく評価すれば良い。それだけ。すると、ポイントがもらえる。購入内容によって異なるが、俺の買ったユウちゃんの写真集であれば、5パーセント分のポイントがもらえる。そしてこのポイントは「もの」を買うことにしか使えない。


つまり、「推し」に関する商品を買えば、「もの」を割安で買えるという制度なのだ。


レビューを書くことが条件であるため、「推しごと」つまり「仕事」と関連づけるように語られている。滑り出しは上々、「もの」の消費はブイ字回復。経済は復活し、さまざまな「もの」が再び店頭に並ぶようになった。


「すみません。高野ユウさんのカレンダーってありますか?」


俺は今日も「推しごと」をしている。好きなことにお金を使うだけで、お得に生活できるのだ。これほどありがたいことはない。


それから数年後、蓄積されていたのは俺たちの趣味志向に関する膨大なデータ。そのデータは、婚活アプリにも利用されている。趣味志向が一致しているのだから、気が合う可能性は高い。


「これが完璧なデータ。」


すべて俺の思惑どおり。趣味志向という内心に関する情報までひもづいた個人データ。「人々を管理する完璧なシステム」は、こうして完成した。

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