推し活 2XXX年

篠騎シオン

あなたは何のために生きていますか?

「推しのために死ぬ、それが比喩な時代があったなんて信じられるっすか、先輩」


「んー、まあ。うん、そんな時代もあったもかもしれないな」


スナック菓子を食べながら波宮勇太はみやゆうたがそう言うと、先輩と呼ばれた男が返事を返す。

時刻は0時を回ったところ。

勇太と男がそれぞれ見つめるモニターには、それぞれサイトでの配信が映し出されていた。そこは深夜とは思えないほど、いや深夜だからこそか、たくさんの人が集い盛り上がりを見せている。


『サクラちゃん、マジかわよ』

『天使』

『もっとコメ拾って』

『愛してるよー』


流れていく多種多様なコメントに、画面の中のウサギの耳を付けた少女が楽しそうに反応している。


その中でも一際目立つのは、LPと横に表示され太枠で囲まれたものだ。

投げ銭と呼ばれるもので、現在の世界統一通貨であるLifeポイントが使用されている。


『○○さん、10LPありがとうございます! 私の最近楽しかったことですかぁ、えーっとですね~』


サクラと呼ばれるうさ耳を付けた可愛い少女も、強調表示されたコメントを優先的に読んでいく。

それはそうだ。

お金を使っているということは、すなわち自分の命を削っているということ。

それが読まれなかったら下手したら暴動が起こりかねない。

その点彼女は優秀だ。男は彼女の初配信からずっと見守っているが、そのようなミスを彼女が犯したことは一度もない。


「この子、そんなに可愛いっすかね」


男の画面をちらりと見ながら、勇太が言う。


「さあ。彼らにはそうなんだろうよ」


そう言いつつも、男はうさ耳少女のことが好きだった。

男は答えながら深く椅子に座りなおし、思考を続ける。

自分の命を削ってまで、推しにLifeを投げる。

少女のことが好きな男だったが、自分の命を推しと呼ばれる虚像にほいほい投げてしまえる彼ら、彼女らの心がわからなかった。

生きるのに支障のない範囲であれば構わない。

けれど、もし、万が一、そのラインを越えてしまったら、もう後戻りはできないのだ。

推しのこれからの、新衣装も、歌も、声も、言葉も聞くことが出来ないのに、どうして――


『サクラたんLOVEさん ☆10000LP☆

 サクラたん神! 天使! ずっとそのままでいて』

【サクラたんLOVEさんが天寿を全うされました】

『え、マジ?』

『すげー、さすがだわ』

『そろそろって言ってたもんな』


黄色で強調表示されるその言葉に、男はハッと目を見開く。

記念配信でもなんでもないのに、今日も出てしまったか。

天から授けられた命ではないのに天寿という名称を使うシステムに少し苛立ちつつ、男は小さくため息をつく。

そして、心の中で彼の冥福を祈る。



通貨のLifeとはそのまま、寿命のことだ。

人はそれが尽きたら、死ぬ。



2XXX年のある日、ついに人は寿命からも労働からも完全に解放された。

殺傷事件もない、食べ物が手に入らなくて飢え死にする人間もいない平和な世界。

しかし、増え続ける人をすべて養えるほど地球のリソースは、多くも無限でもない。

そうして生まれたのが、『Life=Money』の世界。

人はお金の代わりにLifeポイントを使って生活する。

誕生時に与えられるLPと、人間社会に貢献することで得られるLP。

その合計を支出が上回れば、つまりポイントがゼロになれば、人は死ぬ。


そう、彼らが投げているのはなのだ。




【サクラたんLOVEさんが天寿を全うされました】


うさ耳少女は、その通知を見たのか一瞬だけ悲痛な表情を浮かべる。


『サクラたんLOVEさん、ありがとうございます。あなたのことはずっと忘れません。これからは、私の一部となって一緒に生きていきましょう』


うさ耳少女ははかなげな笑顔でそう言う。

そしてそのコメントの後は、いつも通りの配信が続いた。

当たり前だ、これは日常茶飯事。

現代では、よく見られる光景なのだ。


「どうして……」


ぼそり、男がそう言うと、隣の勇太がひょっこりモニターを覗き込む。


「先輩、どうしたんすか? あっ、また推し亡おしなきが出たんすか。微妙な気持ちになりますよね」


そう言いつつ、音を立てながらスナック菓子の袋を開ける勇太。

そんな様子を見て、男は心の底からこいつはこの仕事に向いているな、なんてことを思う。


「推し亡、ね。俺はその呼び方、あんまり好きじゃないんだよな。推し活みたいで気軽で」


「いやあ、だって。この世界で好きなもののために死ぬのなんてありふれすぎてるじゃないですが。重い名称つけても流行らないっしょ」


そう言って再び、お菓子とモニターに戻る勇太。

男は思案を続ける。

推し亡はオタクたちの中では、推しの寿命になった=推しと一つになった人間として英雄視される傾向にある。

そして一人出ると、その放送では一人目の後を追うように推し亡が出る。

他の人もやっているから怖くない、という集団心理が働いているのだろう。

次々と出る死者に、男の心はさらに痛む。


せっかく人類は死を乗り越えたのに、どうしてこんなことになっているのか。

どうして、簡単に好きなもののために命を投げ打ってしまえるのか。


人が死を乗り越えたのは喜ばしいことだ。

地球が支えられるリソースに限りがあり、次の世代のために枠をある程度開けなきゃいけない、そのためのこのポイントシステムもわかる。

ただ、なんでこういった搾取がまかり通るのか、男には、わからない。


配信が終わる。

結局、その配信では8人の推し亡が出た。

通常配信では多いほうだが、記念系の配信に比べたら大した数字じゃない。

そちらでは数百人単位で死人が出るので、支援者の多い配信者は記念配信をマザーコンピューター『Sea』に届け出ることになっている。

LPのなくなった人間はその場で綺麗にこと切れるが、放置していたらいくら現代でも腐敗する。届け出のあった日は、死体搬送ロボットの稼働数を増やして準備しておくのだ。


男はうーんと伸びて、こりかたまった体をほぐす。

隣では同じく配信が終わったらしい勇太が鼻歌交じりに、報告書を書き上げていた。


「ふっふーん、今日の投げ銭総額は~18万LP~。推し亡は~、2人~♪」


楽しそうに記述する勇太に、男はずっと疑問に思っていたことを問う。


「勇太君はさ、人が亡くなってることに対して悲しいとか思わないのか?」


男のその言葉に、彼はきょとんとした顔で答える。


「いや、だって、LPなくなったら死ぬのなんてわかり切っていることじゃないすか。それでも投げてるあいつらの自業自得っすよ」


「いや、でもLPの残量確認する術ないんだし……」


そう、この世界のシステムの怖い点はそこにある、と男は思う。

このポイントシステムは人類の誰かではなく、マザーコンピューター『Sea』が管理している。

そして人類は誰であっても、LP


その言葉に、勇太は小首をかしげる。


「いやだって、気になるなら自分で帳簿でもつけて確認すればいいじゃないですか。今の額がわからなくったって、貢献して稼いだ額から今月使った額記録すればいいだけでしょ? それをしないで死んだからってただの怠慢だし。それにほとんどの奴らは推しのために死ねて喜んでますよ。好きで死んでるんだから、俺たちがとやかく言うことじゃないっす」


男はなぜだか納得がいかなくて、勇太に食い下がる。


「だけどさ。俺たち、推しと一つになりたいっていう。あの人たちの想い踏みにじってるし。それに対して、悪いと思わないのか?」


男の言葉に、今までへらへらしていた勇太の表情が変わる。

彼のその顔の恐ろしさに、男ははっと息をのむ。


「俺の事業にケチつけられるほど、先輩ってすごいんでしたっけ? ねぇ、先輩。出来の悪い先輩を拾ってやったのは、どこの誰だったかなぁ。大学の先輩で、モデリングが出来るからって面倒見てあげてるのに。この仕事する前は、死ぬ死ぬって強迫観念に取りつかれてたじゃないっすか。他人の心配できるいいご身分になったもんっすね。俺の開発したAI配信システムがそんなに気にくわないっすかね?」


凄い剣幕で詰め寄られて、男はへなへなと座りこむ。


「先輩、この仕事向いてないかもしれないっすね」


いつもの笑い方に戻って、手をひらひらしながら出て行く勇太。


AI配信システム。

ウサギ耳の彼女、そしてその他彼らが管理するいくつかの配信サイトの配信主も、すべて男と勇太の作り出した空想上の物だった。

中の人なんていない。血の通っていない存在。

モデリングは男が、自然な立ち居振る舞いとコメントは勇太の開発したAIが担当している。


つまり、配信中死んだ彼らは、推しと一つになったわけではない。

彼らの寿命は、男と、勇太のものになっている。


そのことに、男はずっと悩んでいたのだ。




「殺されるかもしれない……」


自分より立場のずっと強いパートナーの逆鱗に触れてしまった男はがくがくと震えながら、PCの前に座りモデリングソフトを立ち上げる。


あの勇太を怒らせてしまった。

殺傷がないこの世界にも裏の組織はある。

非合法なやり方で、相手のLPを吸い出す。

男は、勇太がそういう輩とつるんでいることを知っていた。


「作らなきゃ」


男は、何度もそううわ言のように呟きながら、モデリングをする。

その作業は、数日間休みなく続いた。



そして、数か月後、男が過去最高傑作と豪語したモデルの初配信の日を迎える。

視聴者も、そして勇太さえもそのクオリティに震え、初配信前から莫大なチャンネル支援者を抱えたそのモデル。

推し亡をするのはタブーとされている初配信の最後に、男は自らの持っているすべてのLPを注ぎこんでこうコメントした。


『○○所属のタレントは、すべて作り物です。彼女たちは、僕の作品です』

【unkownさんが天寿を全うされました】


男は、理解できないと言っていた人々と同じことをした。

それと同時に、社会に大きなインパクトを与える。


そうして彼は、他でもない自分の作品と一体となったのだった。

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