この世界に推しがいるということ

綾坂キョウ

推しのいる世界

 推しを引き当てるために課金してガチャ回した推しのコンサート行くために仕事頑張れる推しにスパチャした推しに会いいくためにダイエットする推しがいるから生きていける——。


「みんな、アホだなぁ」

 SNS上に羅列している、推しへの献身的な愛の行為。それをみんな、さも幸せそうに呟いている。

 自分の身を削って、金も時間も精神もみんなみんな粉のようにしながら、それぞれの推しにことでより燃え上がらせ、その輝きを喜んで見つめている。


(そんな時間やお金があるなら、自分のために使えば良いのに)

 少なくとも、あたしはそうしている。

 お金は自分がよりキレイになるために使いたいし、自分の時間はより高みを目指すためのものだ。他人に使うための余剰なんて、これっぽっちもない。


「ミチル。どうしたの?」

 スマホを眺めているあたしに、ユカが声をかけてくる。よほど、おかしな顔をしていたのかもしれない。「べつに」と、スマホをテーブルに投げ置いた。

「みんな、推しのために頑張ってて、大変だなーと思って」

「そんなこと言ってぇ。バチ当たるよ?」

 よほど、皮肉めいた口調だったのかもしれない。苦く笑いながら、ユカがぺちりとあたしのデコを軽く叩いた。

「私たちは推されてナンボなんだから。感謝しないとね、ちゃんと」

「はーい、はい。もう、リーダーはマジメだなぁ」

 その返事に、また一つぺちりとデコが叩かれる。

「あたりまえでしょ。ファンをバカにしてたら、表面にそれが出てくるよ。感謝感謝。ファンがお金を落としてくれるから、私は今日もお風呂あがりにダッツを食べられるのです」

「ユカはダッツが推しだよねぇ」

「そうよ。いつかダッツのCMに出るのが夢なんだから。あんたもシャキッとしなさい。そろそろ本番」

 ハイハイ、と頷いて立ち上がる。アイスが推しなんておかしな感じがするけれど、ファンが貢いだお金をユカはアイス屋に貢ぎ、そのお金でアイス屋が新しいアイスを作る——そして、アイスのおかげでハッピーに歌い踊るユカを見てファンは喜ぶんだから、案外推し活というのはwin-winになるようにできているのかもしれない。


(それでも推しとか、あたしには関係ないけど)

 鏡の前に立つと、冷めた顔をした自分が映る。その顔をひょいと覗き込むように、後ろにユカが立った。


「ミチルにとっては、ファンが推しみたいなもんだよね」

「は……?」

 ぱちくりと瞬きをすると、ユカはなんてことないように続けた。

「だって、ミチルって稼いだお金を美容とか自己管理とか、そんなのにばっかり使ってるじゃない。それって、ひいてはファンを喜ばすことに繋がるでしょ? だから、ミチルの推しは、ファンみんななのかなって」

「そんなわけ……」


 ない、と。そうは言い切れなかった。

 自分の時間も金も、そのほとんどを、アイドルとしての自分を磨くために使ってきた。全ては——より良いパフォーマンスでステージに立ち、ファンに「最高」の時間を過ごしてもらうため。


 指先が、じわりと熱くなる。


 自分の時間も、お金も、精神も、なにもかも。それは自分だけのものだと思っていた。


 けれど。


 ステージに立つと見える風景。頬を赤くし、目を輝かせ、こちらを見つめるたくさんのファン達。

 その全てが、あたしにとっての推しならば——。


 伸ばす手の先が。踏み出す足の先が。自分に届く世界が。急激にぐんと、拡がったような。そんな、気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この世界に推しがいるということ 綾坂キョウ @Ayasakakyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ