771.その動揺は激しすぎた

 風呂場を増築する。

 お風呂を大きくする、なんて言われても具体的に何をどうするのかなんてユマにはわからないよな。

 ユマが俺にくっついたままココッ、コココッと俺に訴える。尾が不安そうにうねうねと揺れている。本当に珍しいなと思った。

 ガンガンガンガン! と大きい音は続いていた。


「やっぱ鉄骨入ってたなー」

「これも使います?」

「サビてっから磨いてからだなぁ」


 陸奥さん、川中さん、おっちゃんの声が聞こえる。彼らはとても楽しそうだ。


「おーし、休憩だ!」


 あらかた壊したらしく、激しい音は止んだ。おっちゃんたちが壊した物をネコに載せて移動する。

 ユマがココココッと鳴いて身体を揺らした。


「ん? 大丈夫か?」


 放せってことだと解釈して、ユマから身を離したらユマはそのままトトトトッと走っていった。風呂場のある方へと。


「おーい、ユマちゃん危ないぞー」


 気づいた陸奥さんに声をかけられたが、ユマは聞かないで壁が壊された風呂場の前に向かい、ココォッ!? と驚いたように鳴いた。


「ユマ、作業してるんだから危ないぞ」


 ゆっくりと近づけば、ユマが振り向いて慌てたように羽をバサバサ動かした。

 クコォッ、カァッ、コココッと何かを激しく訴えている。しゃべりたいけどしゃべれなくてもどかしい感じだ。


「ああ、もう風呂桶は外しちゃったんだな。大丈夫だよユマ、ここに新しい風呂桶が入るから」


 ココォッ? と鳴いてユマはコキャッと首を傾げた。


「大丈夫、大丈夫」


 ユマの羽を撫で、そこから離れようと促した。こんなにユマが動揺するなんて思わなかったから、俺も驚いた。壊れた風呂場なんか見てていいわけがない。ユマの心は疑問で千々に乱れているはずだから。


「ユマさん、ちゃんと立派なの作りますから期待してくださいねー」


 相川さんに声をかけられて、ユマはつぶらな瞳を向けた。


「こっちの窓から煙突出すか?」

「煙突だけならこっちに作る屋根でいいんじゃないですか?」


 いろいろ考えてくれているようだ。


「みそ汁、温めてきますねー」

「ありがと~」


 他に用意するのはせいぜい漬物ぐらいだけど、みそ汁だけは用意することにしている。ユマにはボウルで餌を出し、後はそこらへんで遊んでいるように言った。

 今日は小松菜と豆腐のみそ汁だ。たったこれだけだけど、喜んでくれる人がいるってのが嬉しいよな。

 ちなみに風呂桶を作る職人さんである斎藤さんは帰った。また明後日に顔を出してくれるらしい。風呂桶を設置する時に立ち会ってくれるという。ありがたいことだ。

 午後もトンテンカンとやっていたが、午前中ほどうるさくはなかったのでユマは平然としていた。やっぱあの音に驚いたんだなと苦笑した。

 三時頃にニワトリたちが戻ってきた。家の壁が壊れているのを見て、メイがコキャッと首を傾げた。でもタマに促されたせいか、壁のない風呂場に近づくことはなかった。

 ポチは自分には全く関係ないことだと思っているのか、そこらへんで草をつついている。タマは少しだけ様相の変わった家をじっと見ていた。


「なぁ、タマって……風呂場のところ壊すってわかってた?」


 ユマはすんごく動揺していたけど、タマはそれほどでもないみたいだったから聞いてみた。

 ココッとタマは鳴き、俺を軽くつついた。


「あ、ごめん」


 聞いても答えられないよな。また後で教えてもらおう。


「夜に聞くよ」


 コココッとタマが鳴き、また俺をつついた。聞かなくていいと言っているみたいだった。俺が聞きたいんだよー。

 暗くなる前に作業は終わった。壁がないのは仕方ないので、そこをビニールシートで覆ってもらう。寒い時期だからそれほど虫もいないので問題はない。でも越冬する虫が入り込んできている可能性はあるかな。

 こそっと、


「家の中に虫いたら食べといてくれ」


 とニワトリたちにはお願いした。なにせ壁がなくなったし。

 おっちゃん、陸奥さんたちが「また明日~」と帰っていく。俺はお泊りの準備はしてあったので、ニワトリたちが軽トラの荷台に乗ったのを確認してから相川さんちへ向けて出発した。


「これから温めるので少し遅くなってしまうかもしれないんですが……」


 相川さんが苦笑する。


「いえ、入れていただけるだけでありがたいですから!」


 しかも風呂にはユマとメイも一緒に入っていいだなんて普通ではありえない話だ。

 相川さんちに着いた時は、かなり暗くなっていた。


「今お風呂を沸かしますね~」


 相川さんちのお風呂は薪だ。リンさんは居間にいたので挨拶する。リンさんはけだるそうにとぐろを巻いていた。やはり冬は動きが鈍いようだ。


「アイカワ、サノ、ウレシイ。モット、クル」

「えっ? ああ、はい……」


 リンさんは緩慢な仕草で頭を上げると、そう言ってまた頭を元の位置に戻した。リンさんは相川さんのことを心配しているのだろうなと思った。うちのニワトリたちもそうだけど、どこの家の生き物も過保護だ。


「またお邪魔しますね」


 草や虫などを食べてもいいとリンさんに許可を取ったので、ニワトリたちは玄関の明かりを頼りに庭で何やらつついたりしていた。

 いつも通りと言えばいつも通りだが、今回も相川さんの手料理もごちそうになってしまい、恐縮したのだった。


次の更新は15日(金)です。よろしくー


「山暮らし」7巻、購入報告ありがとうございます!

まだの方は是非買ってね! 今回もイラストが素晴らしいし、加筆いっぱいだよっ!

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