735.深く考えたら負けかもしれない

「……どういうことなんだ、いったい」


 俺は頭を抱えた。

 なんで神様のところへお参りに行こうとしたらイノシシが駆けてきたんだよ?

 この山はそれほど標高が高いとは言えないけど、普通イノシシは山頂の方になんていないはずじゃないのか? たまたま餌を求めて移動していたとか? もしそうだったとして、どうしてこのタイミングで山を駆け下りてきたんだ? とかツッコミどころは満載である。


「……佐野さん、こういうことは深く考えてもしょうがないですよ」


 相川さんに慰められてしまったが、本当に意味がわからない。何度も首を傾げてしまう。


「……気になりすぎて夜しか眠れないと思います……」

「大丈夫そうですね」


 そう、考えてもしょうがないのだ。

 とにかくイノシシの足をそこらへんに落ちていた棒に縛り付けて、墓のあるところまで運びそのまま川へ。相川さんがすぐに秋本さんに連絡を取ってくれた。

 なんでナチュラルに誰かが縄持ってんだとか聞いちゃいけない。すでに猟期は始まっている。だからもうちょっとした道具なら、相川さんたちは軽トラに積んでいるのだ。縄とか大きな袋とか鉈とか。


「いやー、すごい偶然だなー!」

「これも佐野君の人徳だな!」

「まさか駆け下りてくるとは思わなかったよねー!」


 おっちゃん、陸奥さん、戸山さんはとても嬉しそうである。

 ポチとタマも終始頭をクンッと上げてドヤァという顔をしている。ドヤッてるってことは攻撃したってことだよな。あの勢いで駆け下りていったイノシシに追いつくとかどうなってんだ? あ、そういえばタマは山を降りる時は駆け下りるんじゃなくてまんま落ちてたな……。

 ああいう動きってある程度軽くないとできないよなって思う。見た目に反して、うちのニワトリたちはそれほど重くないのだ。たまに飛んだりするからだろう。長距離は飛べないだろうけど。

 みんなで山の上に向かって手を合わせた。


「山の恵みをありがとうございます。また明日にでもご挨拶に参ります」


 と言って。

 さすがにこれからまた登る気にはなれない。


「イノシシはどうする? 解体はあきもっちゃんに頼むとして、宴会はうちでやるか?」

「真知子ちゃんがいいなら頼むが、もう猟期だからな。都合が悪ければうちのに頼むぞ」


 おっちゃんと陸奥さんが気の早い話を始め、電波の届くところでおっちゃんが家に電話をかけた。


「うちのはいいってよ」

「そりゃあ助かるな」


 おっちゃんは気づいたようにこちらを見た。


「昇平、相川君」

「はい」

「なんでしょう」

「うちのがな、手土産は不要だとよ」

「えー……」

「わかりました」


 相川さんはにっこり笑んでそう返した。

 お世話になりっぱなしなのはどうかと思うんだが……。

 相川さんにこそっと耳打ちされる。


「手土産をいらないと言われない時に持っていけばいいんですよ」

「あ、そうですね」


 毎回釘を刺されるわけじゃないから、用意はしておこう。またお歳暮も用意しないとだし。

 ユマとメイは俺と相川さんの周りをぐるぐるしている。


「ユマ、メイ、どうしたんだ?」


 声をかけたら二羽にそっと寄り添われた。……すっげえかわいいんですけど。


「ユマさんとメイちゃんは佐野さんが心配だったんですね」


 ユマとメイがココッ、コココッと鳴いた。

 そっかそっか。顔が綻んでしまう。


「ユマもメイも、いつもありがとうなー」


 うちのニワトリサイコーと思っていたら、ポチとタマが近づいてきた。


「ポチ、タマ、お疲れ様。怪我とかしてないか? 後で洗おうな」


 そう声をかけたら何故か二羽にはプイッとそっぽを向かれた。


「えええー……」

「ポチさんとタマさんは照れ隠しなんですよ、きっと」


 相川さんがフォローしてくれる。タマが冷たい目を相川さんに向けた。


「やだなぁ、タマさんいいじゃないですか。佐野さんのこと大好きでしょう?」

「大好き……」


 タマがトテトテと近づいてきたと思ったら、俺をブスッとつついた。


「いてえっ!」


 そしてトトトッと去っていった。だから、なんでだー。

 作業着を確認する。穴は空かなかったみたいだ。よかったと思う。


「佐野さん、すみません」

「大好きにはとても見えませんけど!」

「まあまあ……」


 とはいえ、うちのニワトリたちは俺のことを好きだってのはちゃんと俺にも伝わっている。でも今のブスッはかなり痛かったぞ。

 タマのツン多めのツンデレっぷりはどうにかならないもんか。

 まぁならないだろうな。


「素直じゃねえけど昇平のことを好きでたまんねえんだろ?」

「だよなぁ」

「いいよねぇ」


 おっちゃん、陸奥さん、戸山さんは他人事だ。そりゃあ他人事だってことはわかる。ただ、誰かが余計なことを言うとタマの矛先がこちらに向くから勘弁してほしい。


「あ、秋本さんがいらしたようなので下まで迎えに行ってきますね。ちょっと行ってきますー」

「おお、頼むぞー」


 相川さんがスマホを確認してその場を離れた。その間もユマとメイは側にいてくれた。なんとなく二羽を撫でながら、イノシシが健康体だったらいいな、なんて思ったのだった。



次の更新は9日(火)です。

誤字脱字等の修正は次の更新でします、よろしくー。


「山暮らし~」6巻の書誌情報出てますー。

特典の紹介などもありますのでチェックしていただけると嬉しいです!

7/10発売、どうぞよろしくお願いします!

https://kakuyomu.jp/official/info/entry/yamagurashi6

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