734.それはいくらなんでも想定外だった

「おはよう、昇平。いやー楽しみすぎて早く起きちまってよ」


 おっちゃんは軽トラから降りてガハハと笑いながら頭を掻いた。

 遠足の日の小学生かよ。

 そんなにわくわくすることじゃないと思うんだけどなぁ。内心呆れながら、


「おはようございます。まだみなさん来てませんよ」


 と家に促した。今日は山の上まで登って神様に挨拶をするのと狩りの計画についてだ。風呂場の増築については実際に風呂桶を作っている職人さんが後日見に来てくれるらしい。なんか随分大きな話になってしまったなと遠い目をした。

 居間でお茶を飲んでいたら軽トラの音が聞こえてきた。

 今日は何台で来たのかな。

 ユマが呼びに来てくれた。

 ココッ、と玄関口で鳴いてくれる。


「ユマ、お知らせありがと」


 おっちゃんと立ち上がって玄関を出た。相川さん、陸奥さん、戸山さんは各自の軽トラで来たらしい。駐車場がいっぱいだ。これに畑野さんと川中さんの軽トラも停まるんだからうちの駐車場もそれなりに広い。元々ここらに家が何軒もあったのだから当然なんだけどさ。


「おはようございます」

「おはよう! ゆもっちゃん早いな」

「いやー、早く起きちまってよー」

「お互い歳だな~」


 陸奥さん、戸山さんとおっちゃんが、アハハ、ガハハと笑う。年寄りは朝が早いってやつか。

 相川さんがにこにこしながらゆっくり歩いてきた。


「おはようございます」

「佐野さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 先に墓参りをしてから山に登るということで、お茶を淹れて一杯飲んでから出かけることにした。登山道があるわけではないから、そんなに気軽に登れる山ではないのだ。

「上に向かうぞー」と言ったらユマは軽トラの助手席に乗ってくれたが、ポチタマメイはツッタカターと墓までの道を駆け上っていってしまった。

 どんだけ元気なんだろうアイツら。


「相変わらずすげーなー」


 おっちゃんが楽しそうに笑う。本当にもう、体力が余ってるんだろうなと思う。

 墓の周りは昨日のうちに清掃をしてある。それでも風が吹けば葉っぱは落ちるから、また軽く清掃してから水を取り替えたりして手を合わせた。

 いつも見守って下さりありがとうございます。これから山頂へ参ります。

 そう、心の中で挨拶をした。

 勝手にせえと言われた気がして笑んだ。


「ポチ、タマ、ユマ、メイ、これから山頂まで登って神様に挨拶したら下りてくる。うちに戻ってから冬の狩りの話な」

「ポチ、タマちゃん、ユマちゃん、メイちゃん、よろしくな」


 陸奥さんが声をかけると、ポチがコッ! と返事をした。


「いい返事だなー」


 陸奥さんがにこにこである。

 そうして参道予定のところから、上に向かって登った。

 ニワトリはひょいひょいと登っていく。途中まで来たかなと思った時、ニワトリたちが立ち止まった。

 クァアーーーッッ!! とポチが鳴く。なんだかそれは威嚇というか、警告しているようにも聞こえた。


「えっ?」


 何故か上の方から、ブギィイイイイーーーーーッッ!? という鳴き声が聞こえてきた。ドドドドドド……と音までしている。


「えっ、何!?」

「佐野さん、避けますよ!」


 相川さんにがっと腰を掴まれたかと思ったら、木が多い方へ運ばれた。

 悲鳴を上げたかったが、声を出したら舌を噛みそうだったので耐えた。

 いったいなんなんだよー?

 ユマとメイもこっちへ来たみたいだった。

 クァアアアーーーーッッ! という鳴き声と、ギィイイイイーーーッッ!? と悲鳴のような鳴き声が聞こえた。


「もう、大丈夫そうですね……」


 相川さんはそう言うと、俺をそっとその場に下ろしてくれた。


「……え? いったい……」

「僕にもよくわかりませんが……どうやらイノシシが上の方から暴走してきたみたいです」

「ええええ?」


 イノシシってこんな高いところにもいるものなのか? イマイチ、イノシシの生態というのがわからない。普通はもっと下の方に生息していそうだけど、たまたまなのかな。


「おーい、ポチ、タマちゃん、どうだー?」


 陸奥さんが叫ぶ。

 クァークァックァックァアーーーーッッ!! と立派な鳴き声がした。

 もしかして、獲物を狩った、とか?

 まさかな……。

 相川さん、ユマ、メイと共に参道予定の道(といってもまだ何もやっていない範囲)に出る。


「ここからでは見えませんね。降りましょうか」

「はい」


 せっかく登ってはきたけど、さっきの生き物が気になったので降りることにした。何だったのか確認してからまた上に登ってもいいだろう。

 登りはいいんだけど、下りが怖い。早く木を横に並べて階段みたいなのを作った方がいいなと思った。

 降りていくと、陸奥さん、戸山さん、おっちゃん、そしてポチとタマがドヤァと言いたげにクンッと頭を上げていた。

 そして、倒れている大きめの……イノシシ。


「だからどうして……」

「佐野君、墓の側に川があったよな」

「流れはありますけど、浅いですよ?」


 上流の方だし。


「それでも冷やせるならいいだろう。相川君、あきもっちゃんに連絡してくれ」

「わかりました」

「ポチ、タマ……なんでこんなところにイノシシがいるんだよー……」


 ポチとタマはプイッとそっぽを向いたのだった。



次の更新は、7/5(金)です。よろしくー

イノシシー!

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