663.今度はしっかり伝えてみた

 今回はちゃんとタマに、相川さんも行くからリンさんとテンさんも一緒だからなと伝えた。

 不満そうな顔はしていたがこの間一緒だったからしょうがないと思ったらしい。でもなんかつつかないではいられなかったらしく、つんっと一回だけつつかれた。それがズビシッてかんじでけっこう痛かった。ひどい。

 で、朝はしっかり俺の足の上にタマがのしっと乗っかった。

 ……相川さん、リンさんテンさんが来るって伝えた時点で全て伝えた気になってたんだな、俺。一瞬遠い目をしてしまった。


「タマ、重い! のーるーなー!」


 タマは俺が起きたのを確認すると、パッと俺の上からどき、ツッタカターと駆けて逃げて行った。


「だからー! 襖閉めてけー!」


 全く、と思いながら着替えて洗面所で顔を洗い、居間へ向かう。


「あ、タマ、ユマ、ありがとな」


 卵が無造作に転がっているのを回収した。いつもありがたいことである。卵目当てで飼ってるわけじゃないけど、嬉しいものだ。

 お土産に持って行こうかと考えたけど、今日も多分山唐さん夫妻だけじゃなくてながれさん夫妻も来るだろうから止めておいた。人に分けられるほどはないし。

 ニワトリたちに餌をやり、俺は卵炒めを作って食べた。卵炒めって料理っていうのか? ま、おいしいからいいか。

 で、相川さんと待ち合わせて出かけることにした。

 畑を見るのはまた明日か帰ってきてからでいいだろう。そろそろまた全部耕して青菜でも植えるかなと考える。


「おはようございます」


 うちの山の麓、川沿いの道路脇で相川さんは待っていた。荷台には幌が被せられている。中にはテンさんが入っている。


「おはようございます。向かいましょうか」


 隣村は遠いなとしみじみ思う。ぐるーっと回り道しないといけないのがたいへんだ。山に囲まれているから余計なんだろう。わざわざ山奥に向かう為にトンネルを掘ったりはしなかったわけだ。

 山唐さんのレストランに着く。一台軽トラが停まっていた。流夫妻だろう。

 軽トラが停まる音を聞きつけたのか、扉が開いた。


「いらっしゃいませ~。佐野さん、相川さん、こんにちは。リンさん、テンさん、ニワトリちゃんたちはこの辺りで自由に過ごしていただいてよろしいですか?」


 山唐さんの奥さんだった。指示もしてくれるのが助かる。

 ユマとメイを降ろすと、ポチタマは自分たちで軽トラの荷台からバサバサと降りた。テンさんも後ろを開けてもらってにゅるんと降りる。うん、にゅるんだな。そうとしか言いようがない。

 ふと視線を感じてそちらを見ると、トラ君、韋駄天君と疾風君がレストランの向こうの方で寝そべっていた。こちらをちら、と見ては韋駄天君と疾風君の尾がパタパタと振られるのがかわいい。遊びたくてたまらないみたいだった。

 それがとても微笑ましく思えて、遊びに行きたさそうなメイにも「行っておいで」と言うことができた。


「タマ、悪いんだけどトラ君や韋駄天君たちは大きいからメイのこと見てやってくれな」


 タマはクンッと頭を上げ、


「サノー、ウルサイー」


 と言う。わかってたよ、わかってたけどさぁ。でもさああああああ。

 ポチタマメイがトラ君たちのいる方へ向かうのを見送っていたら、ポン、と相川さんに肩を叩かれた。


「つい心配してしまうんですよね。わかります」

「……ありがとうございます」


 ユマは俺に付いてきてくれた。


「ユマ、みんなと一緒に遊んできてもいいんだぞ?」

「サノー」


 どうしても俺の側にいてくれるらしい。そんなユマがかわいくて、ついにまにましてしまう。

 やっとレストランの中に入れば、案の定流夫妻が来ていた。


「こんにちは」

「お邪魔します」


 横に広いテーブル席に腰掛ける。ユマは俺の後ろに座り、もふっとなった。このもふっがかわいいよなー。


「ユマちゃんは今日も佐野さんと一緒ですね」


 奥さんがにこにこしながら言う。


「先にこちらを召し上がってください。ユマさん、もう用意しますよ」


 山唐さんから声がかかった。

 先に出されたのは茹で落花生をきゅうりとあえた前菜、ブラウンえのきの和え物、味付けうずらの卵、セロリとニンジンの和え物などだった。

 流夫妻が立ち上がり、山唐さんと共にいろいろ持って表へ出ていく。その後をユマが付いて行った。俺も動物たちの食べ物の準備を手伝おうとしたけど、奥さんに止められた。


「今回は利山さんたちに任せてください」


 それにしても持っていくボウルの大きさがすごかった。山唐さんと利山さんは同じぐらい大きいボウルを普通に抱えていった。


「山唐が戻ってきたらシカ肉を調理しますね」

「あ、はい」


 茹で落花生って食べたことあったかな? 茹で加減がちょうどいいのかさくさくしていておいしい。味付けは五香みたいで、それが余計に止まらなくさせた。


「箸が止まりませんね」


 相川さんが嬉しそうに言う。

 山唐さんと流夫妻は二往復ぐらいして戻ってきた。


「彼らはよく食べますね。いいことです」


 利山さんは手を洗って腰掛けてからそう言った。


「うちのリン、テンの分まですみません」

「おいしく食べてくれる方が食べるのが一番です」


 利山さんがさらりと言う。厨房からはじゅうじゅうとおいしそうな音と香りがしてきた。もしかしたらシカ肉を焼いてくれているのだろうか。涎が垂れてきそうだった。


ーーーーー

次の更新は31日(火)です。よろしくー


「山暮らし~」4巻の口絵、一部公開されています。

よろしければ見てやってくださいませー!

https://twitter.com/kadokawabooks/status/1717113102184169758

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