664.シカ肉の料理といえば

「やっぱりステーキですよね!」


 予想通り、食べやすい大きさに切られたステーキが出てきた。少し大きめだけど、切らなくても食べられるような大きさである。でもナイフとフォークが用意されているので使ってみる。

 食べてみるとわかるけど、ステーキ自体にけっこう切れ目が入っていた。これで更に食べやすくなっている。


「何枚でも焼きますので言ってください」


 山唐さんがさらりと言う。なんという贅沢だろうか。

 塩胡椒で味付けられた物は定番として、ネギ塩やデミグラスソースなどいろいろなタレなども出てきた。それらも山唐さんの手作りだと聞き、プロってすごいと思った。


「まだ時期ではないので、脂が少ないですよね。冬に獲れればもっと食べ応えはあるかと思います」


 山唐さんが困ったような顔をしながら教えてくれた。鯉は揚げた物にあんかけがかかっていたり、更にシカ肉のハンバーグが出てきたりと、いやこれ絶対食べ過ぎという量が出てきたが、利山さんが一番食べていた。


「どれもこれもおいしいです。ハンバーグには脂身かなにかを足したのですか?」

「その方がうまいだろう」

「そうですね。やはりシカ肉のミンチだけだとちょっとパサパサしますね」


 山唐さんは、利山さんに対しては普通のしゃべり方になる。同僚だからなのだろう。(山唐さんと利山さんは国家公務員としてこの山を含む三座の管理をしているらしい)


「やっぱり脂身を足した方がおいしいんですね」


 相川さんがうんうんと頷きながら納得したように言う。


「正確には豚ひき肉を足しました。豚の加工場で脂身が多すぎる部分をいただいてきたんです」

「へえ。近くにあるんですか?」

「T町なので少し遠いです。比較的畜産が盛んな地域らしいですよ」


 T町と聞いて、どこかで聞いた名前だなと考える。そしてゲッと思った。確かヘビを沢山飼ってた駆除業者の家があった町じゃないか。まぁ個人のせいで他の業者を悪く思うとかはない。風評被害などがなければいいなと思う。


「豚の加工場ですか」


 流さんがそっと手を挙げた。


「……僕が以前勤めていたところなんです」

「ああ、それで」


 それで知っていたのかと合点がいった。流さんはその後黙ってもぐもぐと食べていた。その背を利山さんがそっと支えているのを見て、もしかしたら何かあったのかなとも考えてしまった。どちらにせよ、俺には関係ないことである。


「脂身が多い豚ひき肉を使うというのも手ですね。勉強になります」

「水餃子を作る時は豚ひきを混ぜたりもしますよ」

「やはりシカはおいしいですけどかなりしまってますね」


 相川さんはご機嫌で山唐さんと話しながら食べている。山唐さんはすでに食べたみたいだ。


「そろそろスープをお持ちしましょう」


 そう言って席を立ち、運んできたのは豚ひき肉を団子にしたものと白菜、春雨の入ったスープだった。豚肉団子ってちょっとクセはあるけどさっぱりしておいしかった。鶏ひき肉だともっとすっきりするのかもしれないけど、今日はなんかもう肉と魚! なイメージだったからちょうどよかった。(鶏肉は鶏肉でおいしいけど今日は鶏肉の気分ではなかったのである)

 奥さんが「あ」と言って立ち上がる。


「持って行こう」


 山唐さんが立ち上がり、奥さんと一緒にまた野菜や肉が入ったボウルを抱えて出て行った。アイツらはどんだけ食うんだろう。って、ニワトリ三羽にネコが一頭(でかいからきっと間違ってない)、オオカミ? が二頭に大蛇が二人か。(どうしてもリンさんテンさんについては一人二人と数えたくなる)いくらあっても足りないかもな、なんて少し遠い目をしてしまった。自分たちで獲物を狩ってくるとかでなければ、けっこうエンゲル係数高そう。

 山唐さんが戻ってきてからデザートに手作りの杏仁豆腐が出された。絶品である。

 固くなく、レンゲを入れるとほろほろと崩れるかんじがたまらない。くちどけも素晴らしく、それでいてクリームっぽくもない。杏仁豆腐、というかんじだ。うまく説明できない。

 とにかくうまいということが伝わればいいだろう。(俺は誰に対して言っているのか)


「……満腹です」

「おいしかったですね」


 贅沢ばっかりしているかんじだ。

 そうしてハッとした。食べ終えたってことはニワトリたちが汚れているに違いない。早く汚れを落とさなくては。


「あ。ちょっとニワトリたちの様子見てきます。汚れてたら外の水道使ってもいいですか」

「いいですよ~」

「僕も行きます」


 相川さんと一緒に表へ出た。ユマがちょうどこちらへ来るところだったらしい。


「サノー」


 と嬉しそうに声をかけられてしまった。そのまま抱きつかれても気持ちの上ではよかったんだが、肉だの内臓だのを食べていたせいかところどころ羽が汚れているし嘴がね……そのね……。


「ユマ、食べ終わったのか? おなかいっぱいになったか?」

「タベター」


 きっと満腹になったのだろう。


「じゃあ汚れを落とそうなー」


 ポチタマメイはどうだろう、と動物たちが食べていただろう場所へ向かうと、ビニールシートの上がキレイにはなっていた。ところどころ赤いけど。

 トラ君、韋駄天君、疾風君が毛づくろいをしている。余計に生臭くなりそうだなと思いながら、ニワトリたちを誘導してブラシなどで汚れを落とし、水道で少し洗った。


「アリガトー」

「アリガトー」

「アリガトー」


 ココッとメイも鳴いてくれた。すっきりしたからなんだろうな。久しぶりにタマの「アリガトー」を聞いた気がする。

 相川さんは俺たちの後でリンさんとテンさんを少し洗ったりしていた。ま、どうしても汚れるよな。(相川さんたちの方は見ない)



次の更新は11/3(金)です。よろしくー

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