659.みんなで言わないといけないみたい

 利山さんが戻ってきた。


「解体はそろそろ終わりそうです」

「ありがとうございます」


 山唐さんの奥さんは苦笑していた。


「シャワーも浴びてくるそうなので、もうしばらくはかかりそうです」


 利山さんが補足した。奥さんはほっとしたような顔を見せた。

 確かに、解体とかすると匂いがどうしてもつくっていうもんな。魚だったら多少の生臭さで済むかもしれないけど動物はそうはいかない。それでも作業は早いから、そこまで臭わないかもしれないけど。血が臭くなるんだっけ? よくは知らない。


「そういえば、鯉ってどう調理したらいいですかね」


 釣ったはいいがどうしたものかと思う。確か鯉って小骨が多いんじゃなかったっけ。


「コイコクが有名ですね。さすがに”あらい”にするのは難しそうですよね」


 相川さんが考えるような顔をした。


「”あらい”ですか?」


 そういえば鯉のあらいって聞いたことがあるが、どんな料理かは知らない。


「”あらい”は確かに……やめた方がいいでしょう」


 利山さんが答えた。鯉のあらいとは、薄くそいだ身を氷水などにつけ、引き締まったところを食べる料理だそうだ。水で洗うところから”あらい”と言うらしい。それを聞いて思うのは、鯉の刺身である。確かに川魚の刺身と聞くと躊躇してしまう。大丈夫な地域もあるのかもしれないが俺としては遠慮したい。


「京さんは食べないでくださいね」

「はい」


 利山さんが流さんに念を押すように言っている。それに流さんが嬉しそうに返事をした。いい夫婦関係なんだな。

 けっとか思うこともあるんだけど、最近はリア充め! とか思うことが減ったかもしれない。……毎日ニワトリたちに振り回されてるからかもしれないけれど。


「鯉だと、やはり骨切りが必要になりますね。それをしっかりしておくと煮物にしてもなんにしてもおいしいですよ」


 相川さんに言われてハッとした。


「骨切り、ですか」


 また新しい言葉が出てきた。


「はい。3cmの幅に8~10筋ぐらいしっかり切り込みを入れると骨が気にならなくなります」

「3cm幅に……」


 ってことは3mmに切り込み……そうでないと骨だからあとは揚げるしかないのか。下ごしらえってやっぱたいへんなんだなと思う。


「骨が気にならなくなるまでしっかり揚げた方が楽ではありますけどね」

「やっぱりそうですよねー……」


 揚げ物かー。やらないんだよなぁ。でも釣っちゃったしなー。

 とか情けないことを考えていたら山唐さんが母屋に通じる扉から出てきた。


「すみません、お待たせしました」

「いえ、お疲れ様でした。たいへんでしたね」


 相川さんが労う。こういうことをさらりと言えるっていいよな。


「ん?」


 山唐さんがレストランの扉から外を見た。レストランの扉はガラスドアなので外が見えるのだ。扉が外から開けられた。


「ニワトリ、モドル」


 テンさんだった。口で開けたらしい。器用なことだ。

 戻るってことは、ポチとタマが帰ってきたのだろうか。


「テンさん、ありがとう」


 礼を言うと、


「カマワヌ」


 と言って踵を返した。なんだかんだいってテンさんはかっこいいと思う。


「ポチー、タマー?」


 ユマが立ち上がった。メイも慌てたように立ち上がり、羽をバサバサと動かした。なんかうまくいかないみたいだ。


「戻ってきたみたいだよ。すみません、ちょっと見てきます」


 山唐さんたちに言い、ユマ、メイと共に表へ出た。相川さんも断ってきたらしく続く。


「テン、ありがとう」


 相川さんはテンさんに声をかけた。ゆっくりとテンさんが頷く。本当に落ち着いていて頼もしい。リンさんは少し離れたところにいた。そこへテンさんが向かう。気が付くとテンさんとリンさんも寄り添ってるよなと思う。

 韋駄天君、疾風君、トラ君はずっとわちゃわちゃしているみたいだった。でかいのが三頭じゃれ合ってるのって、遠くから見てる分にはいいけど近くで見るとやっぱ怖い。彼らから少し離れたところにポチとタマがいた。タマの側にメイが駆けて行き、途中でコケた。


「ええっ?」


 思わず声を上げたらタマにギンッと鋭い視線で睨まれた。別にからかったりしないって。


「ポチ、どこに行ってきたんだ?」

「アッチー」

「コッチー」

「ソッチー?」


 ユマがそう言ってコキャッと首を傾げる。ああもうかわいいな。メイがココッと鳴く。


「ユマは行ってないだろ? かわいいけど」


 ちら、と相川さんの方を見ると笑いをこらえているみたいだった。


「……いいですよ、笑っても」


 うちはいつもこんなかんじなんで。


「す、すみません……」


 絶対相川さんの笑いの沸点は低いと思う。楽しそうで何よりだ。


「だからー、ポチとタマはどこに行ってたんだよ?」

「コッチー」

「アッチー」

「ドッチー?」


 最後にコキャッと首を傾げて言うユマはボケ担当なのかツッコミ担当なのか悩むところだ。結局ニワトリたちがどこまで行ったのか全然わからなかった。またメイがココッと鳴く。みんなで言うのがお約束だと思っているみたいだ。

 ま、詳しく聞いたところで場所がわからなかったかもしれないからいいけど。

 相川さんは俯いて笑いをこらえており、リンさんに背中をさすられていた。

 吹いてくる風が気持ちいい。平和だなと思った。(現実逃避とも言う



次の更新は17日(火)です。よろしくー

2000万PV記念何書こうかなぁ。


おかげさまで「山暮らし~」3巻、重版決まりました。

めでたいのですー!


書籍4巻も予約受付中です。11/10発売ですよーい。

4巻の挿絵、ニワトリが溢れまくってます。いつも溢れてるんだけど今回本気で溢れててすごいです(意味フ


どうぞこれからも「山暮らし~」をよろしくお願いします。

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