658.隣の芝生はどこまでも
韋駄天君と疾風君を利山さんが手早く洗ってから、俺もニワトリたちの羽についたごみを取ったりし、足元を洗わせてもらったりもした。
大きなタライに水を張り、そこに山唐さんがシカを入れる。かなり大きいタライをいくつも持っているみたいだった。山唐さんは一頭を担いですぐ側の小屋に入った。
「主人が解体をしますので、こちらへどうぞ」
山唐さんの奥さんに促されてレストランの方へ戻ることにした。トラ君が外でのん気に毛づくろいをしている。ああいう姿を見るとでかい猫だなと思う。
ポチとタマは周辺をまた散策するらしい。
「もう何も狩ってくるなよ~」と声をかけたらタマにギンッとすごい目で睨まれた。わかってるわよッ! と言っているみたいだったが、信用は全くない。俺としてはまさか狩りに行ったと思ってなかったからなぁ。
に゛ゃああ~~! とトラ君のだみ声が聞こえたのでそちらを見ると、洗われた韋駄天君と疾風君にすりすりされていた。何をしているんだろう。
ユマとメイは俺の側にいる。
「あれって、何してるんですかね?」
「自分の匂いがなくなったから落ち着かないんじゃないですかね?」
相川さんも首を傾げていた。
「そうかもしれませんね。それでトラ君の匂いを付けるっていうのもわからないんですけど」
奥さんが苦笑する。
「トラ君も今朝洗ったんですけどね」
「今朝、ですか……」
「朝畑の収穫をするんですけど、その時に必ず泥だらけになるんです」
「それはたいへんですね」
「はい」
トラ君はでかいけど中身は子どもなんだろう。
「去年の夏祭りで買われたんでしたっけ?」
「そうなんですよ。子猫を売っている屋台があったんです」
さらりと奥さんが答えた。そんなもの俺は見なかった。あの日はおっちゃんと屋台をやってて、夕飯は桂木さんと食べた。その後ざっと屋台を見たけど生き物を売っているような屋台は見かけなかったと思う。見たのはせいぜい金魚すくいぐらいだ。
金魚すくいについても確かまた聞きじゃなかったかな。金魚すくいの屋台も記憶になかった。夜だったとはいえ、なかなか出会えないものである。
それともやはり、特定の人にしか見えなかったのかと考えてしまう。するとズキン、と頭が痛くなった。
「……じゃあトラ君はもう1歳を過ぎたんですかね」
「ええ。もう成猫と言われてもおかしくないんですけど、まだまだやんちゃで」
トラ君は幼いかんじではあるが、うちのニワトリたちはどうなんだろうとユマを眺めた。ユマが気づいてナーニ? と言うように近づいてきてコキャッと首を傾げた。かわいい。じゃなくて。
「……メイがどっちの子とか関係ないけど、ユマはしっかりおかーさんしてるよな」
ユマの羽をなでなですると、すりすりと身体をすり寄せてくれるのがかわいい。
ユマとメイの足の裏を拭かせてもらって一緒にレストランに入った。トラ君もレストランの奥のソファの辺りでいつもくつろいでいるそうだ。今は外だけど。
母屋へ繋がるのだろう扉から、ちょうど流夫妻が出てきた。
「花琳さん、シャワーお借りしました。ありがとうございます」
利山さんが奥さんに頭を下げた。
「いいんですよ~。お疲れ様でした。今お昼をご用意しますね。利山さんも流さんと同じものでいいですか?」
「はい。お気になさらず」
表を見ると、トラ君は韋駄天君と疾風君に寄り添われていた。トラ君も韋駄天君の上に半分乗っかったりしている。大きなもふもふが三頭もじゃれていると圧巻だった。まぁ少し離れているからかわいく見えるけど。
相川さんはさすがにリンさんテンさんには外にいてもらうことにしたようだった。
奥さんが俺たちにもお茶を淹れてくれたのでありがたくいただく。俺の側でユマとメイが座り、もふっとなった。白くて大きいおもちと小さいおもちが足元にある。うん、かわいい。
相川さんもそんなユマとメイを見て笑顔になった。
「やはり羽毛や毛がある生き物は癒されますね」
「相川さんは大蛇ですよね」
流さんが声をかけてきた。
「はい。大蛇もいいのですけれども、隣の芝生はどうしても青いです」
「……毛が多い生き物はたいへんです」
利山さんが呟いた。
「こちらのトラ君は抵抗せずに洗わせてくれるからいいですが、うちの韋駄天は濡れるのを嫌がります。そういうものだとはわかっていますが、毎回捕まえるのがたいへんです」
それにしては随分軽々と韋駄天君を捕まえていたような……捕まえないといけないというところが面倒なのか。
「隣の芝生は青いですよね」
奥さんがころころ笑いながら料理を運んできた。俺たちの前にはきゅうりのたたきと漬物が出てきた。
「ありがとうございます」
「ユマちゃん、メイちゃん食べる?」
奥さんは青菜も持ってきてくれた。ありがたいことである。
「タベルー」
ココッとメイが鳴く。
「アリガトー」
ココッ
奥さんから青菜をいただいてユマとメイはご機嫌だ。そこらへんの草でもいいけどやっぱ野菜がいいんだろうな。
「……野菜で済むのはいいですね」
利山さんがボソッと呟く。本当に隣の芝生って青いなと思った。
流夫妻が食べ終え、利山さんが「様子を見て参ります」と言って出て行った。山唐さんが解体してるんだよな。山唐さん、何も食べてなさそうだけど大丈夫なんだろうか。
でも奥さんが平然としているから、もしかしたら山唐さんは山唐さんなりに何か摘まんでいたのかもしれなかった。
次の更新は、13日(金)です。よろしくー
「山暮らし~」4巻発売まであと1か月です! 早いものですねー
カドカワBOOKSさんのトップページ、来月の新刊に載ってるのが嬉しいです!
そしてなんと、「カドカワBOOKS創刊8周年記念! 特設ページ」が公開されています。
こちらにSSを載せさせていただきましたよーい♪ 編集部ブログをご確認くださいませー!
https://kadokawabooks.jp/
↑カドカワBOOKSHP
どうぞこれからも「山暮らし~」をよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます