1900万PV記念SS「ニワトリがいるだけで」

1900万PV記念、お待たせしました!

もう1200万が目前で右往左往しておりました(何

今回は二年目の春頃、湯本のおっちゃん視点の話をお届けします。

楽しんでいただけると幸いです。



 今日はポチとユマを連れて佐野がやってきた。

 宅配便が湯本宅に届いたのでそれを取りに来たのである。湯本は佐野に連絡する際、「メシを食っていけ」と言ったので佐野は素直にやってきた。半ば苦笑混じりではあるが、畑仕事以外特にすることもない田舎暮らしである。客が来るのは大歓迎だった。


「こんにちは~」

「おう、昇平来たか」

「ニワトリたち、どうしたらいいですか?」

「畑の方へ向かわせてもかまわねえぞ。山には登るなっつっとけ」

「はーい」


 佐野は素直にニワトリたちに指示を出し、戻ってきた。

 佐野のニワトリたちは見るたびに大きくなっていると湯本は思う。


「……なぁ、あのニワトリたち……」

「また大きくなってますね。どこまで大きくなるんだか……」


 佐野が遠い目をする。確かにあれだけでかくなると食費がかなりかかりそうだ。


「さすがにお前より背ぇ高くなるようなら野放しにはできねえぞ」

「ですよねぇ」

「言ったからってどうなるもんでもねえだろうが、一応ニワトリたちには言っとけよ」

「はい」


 佐野は素直だと湯本は思う。よくこちらの助言も聞くし、危ないことは極力やらない。やる気がないというのもあるだろうが、元々慎重な性格なのではないだろうか。いろんな人の助言を聞いて、佐野なりに咀嚼して慣れない山暮らしを続けている。

 佐野が初めてこちらに来た日のことを湯本は思い出した。

 山を買いたいと言う青年は、とても暗い目をしていた。

 友人の親戚の従妹の子どもだと聞いた。そんな希薄な関係だというのに、友人はその子の力になりたいと言っていた。

 山を買ってそこに住みたいという青年―佐野の事情については聞いた。

 女の方から婚約破棄をされた。その理由は、女が海外留学をして向こうに住みたいからだという。ふざけた理由だと湯本は思った。

 佐野は素直にそれを信じたようだが、湯本は別に理由があるのではないかと思った。とはいえそれを佐野に言ってもしょうがない。すでに予約していた式場のキャンセル料や慰謝料も含めて相手の親が払ったというのだから。

 その金を使いきってしまいたいと佐野は思ったらしい。

 地元から離れたい。引きこもりたい。そんな消極的な理由で山暮らしはできる程簡単ではない。

 だが実際山を手放したいという人はいた。湯本は、最悪自分が手入れすることになってもいいと思い、仲介をかって出た。

 そうして、山倉が手放したがっていた山を佐野が買った。

 その年には何故か春祭りがあった。湯本が担当する祭りではなかったから、特に佐野には伝えなかったが、佐野はその屋台でカラーひよこを三羽買った。

 湯本は佐野が首をくくったりしないかどうか心配で、山に顔を出しに行ったりしていた。

 カラーひよこを追い回している佐野を見て、湯本は大丈夫そうだと思った。佐野はとても嬉しそうにしていたから。


「アニマルなんとかだっけか。動物になんとかってやつは」


 帰宅してからそんな言葉があったような気がして呟いた。


「何言ってんの?」


 妻の真知子がまた始まったよみたいな顔をする。


「昇平がな、ひよこを飼い始めたんだよ」

「ああ……アニマルセラピーだったかしらねぇ。それならもう安心じゃないの?」

「そうだなぁ」


 あのひよこが佐野の心を救ってくれればいいと湯本は思った。

 実際のところ、成長してニワトリになった三羽はとんでもなかった。


「すみません、ちょっとN町の方に用事があるので行ってきてもいいですか? できるだけ早く戻ります」


 昼飯を食った後、佐野はそう言って一旦湯本の家にニワトリを預け、慌ただしく出かけて行った。

 ユマは湯本の横で佐野を見送ったが、不機嫌そうな顔をしているように湯本には見えた。


「ユマちゃん、昇平が好きか」


 ココッとユマは即答した。


「そっか……。じゃあ、大きくなるのは昇平の肩ぐらいまでにしてくれよ? それ以上大きくなっちまうと昇平のところにはいられなくなるからな」


 ユマはコキャッと首を傾げた。湯本の言っていることがわからなかったようである。湯本は苦笑した。


「あー、そうだな。帰ったらタマちゃんに伝えてくれ。多分タマちゃんならわかるだろ」


 ココッとユマは返事をした。この素直さは佐野に似ていると湯本は思った。

 畑の方へ向かうと、ポチが山を見上げていた。


「おい、ポチ。登るなよ」


 ポチが振り向いてコココッと返事をした。


「いいか、ポチ。昇平の言うことや俺たちの言うことを聞かなかったら、お前らは昇平のところにいられなくなるからな? これはタマちゃんにも言っておけよ?」


 ポチもコキャッと首を傾げた。タマが来た時に話をするべきだったかと湯本は苦笑した。

 でっかいニワトリたちはこの村で受け入れられている。それは比較的穏やかで、面倒見もいいからだ。だがちょっとでも危害を加えてくる生き物だと誰かが思えば、ニワトリたちは佐野と共にいられなくなるということも確かだった。


「昇平と仲良く、いつまでも暮らしてやってくれな」


 佐野の為にも、と湯本はポチを撫でた。あまり人に触らせないポチだが、じっとして湯本の気が済むまで撫でさせた。

 本当にちょっとした用事だったらしく、佐野はそう時間も置かず戻ってきた。


「おっちゃん、ありがと!」

「あ? ニワトリは畑にいただけだぞ?」

「それでも助かるから!」


 そう言って佐野は和菓子を置き、宅配便とニワトリたちを乗せて帰っていった。


「もー、昇ちゃんてば! 手土産なんていらないって言ってるのに!」


 真知子が憤慨している。


「まあまあいいじゃねえか」


 そういうところが佐野のいいところなのだから。

 長生きしてくれよ。湯本はでっかいニワトリたちの姿を思い浮かべる。その目は確かに笑っていた。


おしまい。



注:元婚約者の真相についてはおっちゃんの想像に過ぎません。ざまあはないです。そういう話ではないのです。


湯本のおっちゃん視点の話は「山暮らし~」1巻の書き下ろしにもあります。

よろしければ読み返してやってくださいませー。

昨日のコミカライズ第10話はご覧いただけたでしょうか。


どうぞこれからも「山暮らし~」をよろしくお願いします。

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