654.なかなか釣りが始まらない

 池の近くまで来て、これからどうするかと言えば釣りである。

 それにしても広い池だ。池の周りは少し開けたようになっているが、10mも離れれば木々が生えている。この池で釣りをしてハクレンが西側の川に飛んだと聞いたけど、どこに川があるんだろうか。

 ちょっと気になった。


「山唐さんすみません。気になってしまって……西側のどちらに川があるんでしょうか?」

「ああ、そうですね。そちらを先にお見せしましょう」


 悪いなと思ったけど山唐さんも連れて行ってくれる気はあったみたいだ。内心ほっとした。

 山唐さんは奥さんを下ろし、流さんたちに指示をする。敷物を敷いたりと場所作りをお願いするみたいだ。


「お待たせしました。行きましょう」

「お願いします」


 相川さんとリンさんも一緒だ。テンさんは日向ぼっこをしている。まだ日差しはかなり厳しいと思うのだが、冬に備えてなんだろうか。

 もしかしたら山唐さんの奥さんや流さん夫妻のボディガードのつもりなのかもしれない。


「テンさんはこちらで大丈夫ですか?」

「はい、暑くなれば泳ぎたいと言っていましたので、こちらでお願いします」

「それは見てみたいですね」


 山唐さんが感心したように言う。俺もそれは見てみたい。


「まだそこまで暑くはないですよね」


 相川さんが笑む。リンさんは相川さんを守るように、くっつきそうなほど近くにいた。


「あれ?」


 山の北側へ向かったはずのユマが戻ってきた。


「ユマ、どうしたんだー?」

「サノー、イッショー」

「え? 一緒にいてくれるのか? ありがとなー」


 自由に遊んだりしてほしいとは思うけど、側にいてくれるならそれはそれで嬉しい。思わずユマを抱きしめてしまった。


「愛ですねー」


 相川さんがにこにこしている。


「面白いですね」


 山唐さんは不思議そうな表情をしていた。俺とユマはベタベタしすぎかもしれない。でもかわいいんだからしょうがないと開き直った。(ニワトリバカな自覚はありまくりである)


「ふふふー。ユマさん、佐野さんのこと大好きなんですねー」


 少し離れたところで、敷かれた敷物の上に座っている奥さんがにこにこしながら言う。


「サノー、ダイスキー!」

「ああもうなんてかわいいんだ……」


 これじゃ離せないじゃないか。

 でも抱きしめていたら動けないから、俺はしぶしぶユマを放した。


「山唐さん、相川さんすみません。行きましょう」


 声をかけて促すと、山唐さんを先頭に西の方角へ向かった。林の中を進むとすぐに下りになった。西側の川は本当に近くにあった。

 10mも下がらなかったと思う。


「こちらから湧き水が出ています」

「本当だ……」


 けっこう勢いよく水が出ていることが確認できた。ちょろちょろというかんじではない。それが少し水が溜まったような場所で溜まり、川を形成している。


「この川が、陸奥さんの林の横の川に繋がっているんですね……」


 ハクレンがここに落ちてきたなんて、奇跡的な偶然ではないかと思った。しかもそれをポチが捕まえるなんて、確率としては0に近いのではないだろうか。


「途中から別の支流が入ってきたりして麓の川になるようです。この湧き水が出ているところから魚が出てきているとは到底思えませんが、一応こちらにも柵のようなものは設けようと考えています」

「そう、ですね……」


 この湧き水がどこから繋がっているのかがわからないというのがネックのようだった。上の池は深さもそれなりにあって広いので、調査をしようとしてもかなり時間がかかりそうだ。それならばこの水が溜まっているところに柵を設ける方が現実的だろう。


「管理ってたいへんなんですね」

「いえいえ、こちらには管理する者が複数いますからそこまでではありません。いざとなったら国へ応援も頼めますので。それよりも佐野さんや相川さんの方がたいへんでしょう」

「手入れは、それほどできていませんね……」


 山唐さんの言葉に、相川さんは苦笑した。


「うちも、全く……」


 最近果樹が植わっていただろう場所を知ったぐらいだ。未だに全然知らない場所がたくさんある。本当は山倉さんに聞いて山の中の地図とか作った方がいいのだろう。


「でもよく管理されていると思います。桂木さんは村の人に頼んでいるのでしたね」

「はい、そう聞いています」

「サカナ」


 山唐さんに聞かれて答える。それまで相川さんの横にいたリンさんが川の中を見つめ、ポツリと呟いた。


「ああ、獲ってもかまいませんよ」

「トル」


 山唐さんから許可が下りた途端、リンさんは水が溜まったところに頭を突っ込んだ。うわあと思った。

 リンさんが頭を上げると、口に川魚が咥えられていた。


「すごい、ですね」

「リン、食べてもいいが僕たちに見えないようにしてくれ」


 相川さんがため息をついて、そう言った。リンさんが頷いてユマを手招く。一緒に食べるみたいだ。分けてくれるなんてリンさんは優しいなと思う。

 ユマも「タベルー」と嬉しそうに言ってリンさんの後に続いた。


「……着替えを持ってきておいてよかった」


 相川さんがボソッと呟く。リンさんの着替えだろう。

 悪いと思ったが、なんか笑ってしまったのだった。



ーーーーー

次の更新は29日(金)です。よろしくー

レビューいただきました! ありがとうございます!

1900万PVありがとうございます。


「山暮らし~」コミックス1巻、お迎えいただけたでしょうか?

ところによっては昨日入荷だったみたいです。

感想などいただけると幸いです~

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